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 川柳の誕生はおよそ260年前。江戸浅草の名主で、「無名庵川柳」と名乗った八右衛門は、選んだ句を『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』という本に収めたのね。これが刊行されると、江戸庶民の間で一大ブームに。川柳の個人名はそのまま文芸の名称にまでなったのね。
 サラリーマン川柳など遊びの川柳もいいですが、文芸としての川柳をちゃんとしなくてはと思っているのね。あきこのこれからの仕事は、川柳に(あきこ流)嘱目吟のフィールドを拡げること。結局は作品がものを言うわけですから、雑用をぶっちぎって(笑)いまはひたすら句を詠んでいるのね。(もうすこししたら推敲に移行。ちなみに『たむらあきこ千句』は三年の推敲を経ているのね) いままであった嘱目吟にさらに文芸の香りを足したいのね。『たむらあきこ吟行千句』上梓へ向け、いわゆる吟行よりかなり厳しい吟行をすでに実践しております。
 本日は、市民会館にて和歌山文化協会文芸部総会。短歌・俳句・川柳ほか、あわせて25名くらいが集まった。川柳の部は、あきこを入れて5名。主に今年の〈文芸まつり〉に関して、表彰式当日の役割分担などを話し合った。あきこは、小・中学生の部と一般の部の選のほか、受付を担当。散会後、2F喫茶室にて歓談。柳友ということで、揃うといつも楽しく話がはずむのね。

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