※2月いっぱいで抄出を終えるため、急いでいます。もし戦争がなかったら。先生の人生は違ったものになっていたでしょう。俳人あるいは歌人として大成しておられたかもしれない。長く超えられないと思っておられたほどの父上(芋仙、俳人)の文才はいかほどのものだったのか。どこかの俳誌に遺されているようであれば、見せていただきたい気がする。
『前田咲二遺句集 平成9年』【27】
北の岬で磁石さびしく北を指す
片手で子供 片手でバーゲンを摑む
遺言の余白がやっとわかりかけ
アサキユメミシ正月もはや半ば
しぶちんがふえましたなとえべっさん
借金ばかりふえて仮設の小商い
ハイカラな帽子かぶったホームレス
三途の川から戻ってきたという元気
元気ねと妻があきれた顔をする
B面の空気がぼくに合っている
これはなんじゃと妻の皮下脂肪をつかむ
ハイヒールの踵にストレスが溜まる
震災後二年更地という余白
亡父の余白にいまも解けない謎がある
自転車のうしろに仁王立ちのギャル
みよちゃんにばっかり投げていた雪だ
死んだふり上手になったあばら骨
とっくりと父の位牌に諭される
リストラへ犬猿雉子を馘にする
西成のドヤで終わった私小説
エンデバーから見れば地球は晴れている
雨のち晴れそんな男に縁がある
ゆるやかに老母が仏になってゆく
酸欠の街で育たぬたまごっち
時代劇のはしごを妻に笑われる
評判のお自動さんで借りてくる
雪の上にふんわりと置く花手桶
晩く帰ってお茶漬けなどと言えますか
湯豆腐に熱燗二合あればいい
じんわりとあなたの色に染められる
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