日本古来の文芸として歌を尊ぶ者にとり、和泉式部は平安朝の女流歌人中随一の存在である。 王朝の美と悲哀を一身に体現、歌に託した式部にいまも讃仰讃辞は消えない。19首を抄出。式部の性情に想いを馳せるとともに、こいびとや愛娘の死に際し、身のうちの涙の川を辿って歌に昇華した歌人のたましいに触れていただきたい。恋愛遍歴の多さへ、藤原道長からは”うかれ女”と揶揄われもした式部。次は式部の哀傷歌19首と通釈。
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敦道親王におくれてよみ侍りける
今はただそよそのことと思ひ出でて忘るばかりの憂きこともがな(後拾遺573)
【通釈】帥宮に先立たれたいまはただ、「そう、そんなことがあった」と楽しいことを思い出しては泣くばかりで、いっそ宮のことを忘れたくなる程の辛い思い出があればよかったのに。
おなじころ、尼にならむと思ひてよみ侍りける
捨て果てむと思ふさへこそかなしけれ君に馴れにし我が身とおもへば(後拾遺574)
【通釈】捨て切ってしまおうと、そう思うことさえ切ないのだ。あの人に馴染んだ我が身と思えば。
なほ尼にやなりなましと思ひ立つにも
かたらひし声ぞ恋しき俤はありしそながら物も言はねば(続集)
【通釈】語り合った声こそが恋しい。面影は生きていた時そのままだけれど、何も言ってくれないので。
つくづく、ただほれてのみおぼゆれば (二首)
はかなしとまさしく見つる夢の世をおどろかでぬる我は人かは(続集)
【通釈】儚いものだと、まざまざと思い知った夢の如き世――それなのにこの世から目を醒まさず眠りに耽っている私は人と言えようか。
ひたすらに別れし人のいかなれば胸にとまれる心地のみする(続集)
【通釈】まったく別世界へ逝ってしまった人が、どういうわけで、私の胸にいつまでも留まっている心地がしてならないのだろうか。
雨のつれづれなる日
あまてらす神も心あるものならば物思ふ春は雨なふらせそ(続集)
【通釈】天を照らす神もお心がおありならば、物思いに耽る春にはどうか雨を降らせないで下さいな。
ならはぬ里のつれづれなるに (二首)
身よりかく涙はいかがながるべき海てふ海は潮やひぬらむ(続集)
【通釈】身体からどうしてこんなに涙は流れ出るはずがあろう。海という海は潮が引いてしまったのだろうか。
身をわけて涙の川のながるればこなたかなたの岸とこそなれ(続集)
【通釈】身を裂くように涙の川が激しく流れるので、我が身はあちらとこちらと、二つの岸に別れてしまう。
ゆふべのながめ
夕暮はいかなる時ぞ目にみえぬ風の音さへあはれなるかな(続集)
【通釈】夕暮とは一体どのような時なのか。目に見えない風の音さえしみじみと感じられるよ。
よひのおもひ
なぐさめて光の間にもあるべきを見えては見えぬ宵の稲妻(続集)
【通釈】光一閃の間だけでも慰めてくれてよさそうなものなのに、稲光は見えても亡き人の姿は見えない宵の稲妻よ。
夜なかの寝覚
寝覚する身を吹きとほす風の音を昔は耳のよそに聞きけむ(続集)
【通釈】夜中にふと目覚めてしまう我が身を突き通して吹いてゆく風の音――昔は耳遠いものとして聞いていたのだろうか。こんなに寂しい音だったと、独り寝の今になって初めて知ったのだ。
あかつきの恋 (二首)
夢にだに見で明かしつる暁の恋こそ恋のかぎりなりけれ(続集)
【通釈】夢でさえあの人に逢えずに明かしてしまった暁――その時の恋しさこそ、この上ない恋の苦しみであったよ。
我が恋ふる人は来たりといかがせむおぼつかなしや明けぐれの空(続集)
【通釈】私の恋しい人はやって来たとしても、どうしよう。本当にその人かどうか、心もとないよ、明けたばかりのほの暗い空では。
十二月の晦(つごもり)の夜よみはべりける
なき人のくる夜ときけど君もなし我がすむ宿や玉なきの里(後拾遺575)
【通釈】亡き人が訪れる夜だと聞くけれども、あなたはいない。私の住まいは「魂無きの里」なのだろうか。
内侍のうせたるころ、雪の降りてきえぬれば
などて君むなしき空に消えにけむあは雪だにもふればふるよに(正集)
【通釈】どうしてあなたは虚しい空に消えてしまったのでしょう。こんなに果敢ない淡雪も消えずに降ってくる――そんな風にどうにか日々を送ってゆくこともできるこの世なのに。
小式部内侍なくなりて後よみ侍りける
あひにあひて物おもふ春はかひもなし花も霞も目にし立たねば(玉葉2299)
【通釈】巡り来た春に逢うには逢ったが、物思いに沈む身にはその甲斐もない。花も霞も目にはっきりとは見えないので。
小式部内侍なくなりて、むまごどもの侍りけるを見てよみ侍りける
とどめおきて誰をあはれと思ふらむ子はまさるらむ子はまさりけり(後拾遺568)
【通釈】子供たちと私を置いて死んでしまって、娘はいったいどちらを哀れと思っているだろうか。きっと、親である私よりも、子供たちの方を愛しんでいるだろう。親より子と死に別れる方が、私も辛かった。
若君、御送りにおはするころ
この身こそ子のかはりには恋しけれ親恋しくは親を見てまし(正集)
【通釈】この子をこそ、我が子の代りに恋しく思う。若君よ、母が恋しい時には、代りに、その親である私をごらんなさい。
小式部内侍うせてのち、上東門院より、としごろ給はりけるきぬを、亡きあとにもつかはしたりけるに、「小式部内侍」と書きつけられたるを見てよめる
もろともに苔の下にはくちずして埋もれぬ名を見るぞかなしき(金葉三奏本612)
【通釈】一緒に苔の下に朽ちることなく、私ばかりが生き残ってしまって、埋もれることのない娘の名を見ることが悲しいのです。
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