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 そろそろ吟行を考えている二上山(にじょうざん、古くはふたかみやま)。JR天王寺駅の階段から落ちて骨折したのが2016年3月6日、二年前の今日。(いま気が付いたのね)
 あまり暑くならないうちに 二上山吟行をしたいのですが。脚に少々不安があるのね。途中で動けなくなったらどうしようとか、心配。でも、いま行かないと時機を逸するとも思われて。じつは本日決行のつもりでしたが、部屋が片付いていないのよね。(外に出ると何があるかわからないので、少々は片付けておくのです)
 で、お彼岸あたりで吟行。それまでいろいろと調べておくことにいたします。

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🐈さて、登れるかな?二上山”にコメントをどうぞ

  1. 前川奬 on 2018年3月6日 at 9:49 PM :

    たむらあきこ様
    >二上山
    懐かしい名前です。思わず下記しました。
    近鉄南大阪線(奈良方面行き)の上ノ太子駅を過ぎると次の駅が二上山駅です。
    戦時中、国民学校6年生だったわたしは縁故疎開せず、大阪府南河内郡上ノ太子へ集団疎開
    しました。家族は奈良県(大阪寄り)の知人宅へ疎開。集団疎開を終えて卒業式の二日前の夜、大阪市は初空襲に遭い、焼夷弾による火災で見上げる空一面真っ赤だったことを今でも
    憶えています。国民学校を卒業後、大阪府南河内郡富田林にあった中学へ入学、奈良県に
    あった家から電車通学していました。当時の朝のラッシュ時の大阪方面行きの電車はギュー
    ギュー詰めで連結器箇所にも人が乗って、それはひどいものでした。帰えりの電車は、上ノ太子駅を過ぎて二上山駅へ向かう登りに差し掛かると止まりそうになりながらのノロノロ運転で
    ボロ電車そのものでした。ある日、二上山駅を過ぎて當麻寺駅へ向かっていた電車が急に停車
    し、車掌の指示で電車から飛び降りた途端、米軍のグラマン戦闘機の機銃掃射に遭いながらも、命拾いしました。また、白い飛行機雲を吐きながら悠々と日本の空を飛んでいる米軍の
    B29爆撃機目掛けて撃てども命中せぬ日本軍の高射砲に情けない思いをしたこと
    など、遠い昔の思い出がよみがえりました。こうした思い出を五七五に詠んでみたりする昨今です。
    葛城山や金剛山は登ったことありますが、二上山はいつも車窓から眺めるだけで登ったことありません。二上山に登られるとのこと、こけたりせぬようくれぐれもご注意ください。骨折したりすると大変です。
    乱文の羅列、ご寛容のほど願います。
    前川奬

  2. たむら あきこ on 2018年3月6日 at 10:43 PM :

    前川奬さま
    ご心配、ありがとうございます。
    骨折したところが、インドでも歩き続けていると痛んだのよね~。
    山道を、登り切れるかが心配。
    大津皇子の墓まで歩きたいのですが。
    途中で歩けなくなったら、危険だし。
    誰かに迷惑をかけてしまう心配もあるので。

    歩き通せるかどうか、もう少し考えてみます。
    道もあまりよくなさそうなので。
    いろいろ興味深い思い出話をありがとうございました。 アリm(__)mガトー

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