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 うつそみの人にあるわれや明日よりは 二上山を弟背(いろせ)とわが見む
   宇都曾見乃 人尓有吾哉 從明日者 二上山乎 弟世登吾將見(万2-165)

【通釈】現世に留まる人である私は、明日からは、二上山を我が弟として見よう。

【語釈】◇うつそみ 現世。この世。◇二上山(ふたかみやま) 奈良県北葛城郡当麻町。雌雄二峰あり、雄岳の頂には大津皇子(おおつのみこ)の墓がある。

 大伯皇女(おおくのひめみこ)は大来皇女とも。天武天皇の皇女。母は大田皇女。大津皇子の同母姉。
 大津皇子は、686年(朱鳥元年)9月に父天武天皇が崩御すると、同年10月2日、密告により謀反の意有りとされて捕えられ、翌日磐余(いわれ)にある訳語田(おさだ)の自邸にて自害。享年24。
 この歌が千三百年の年月を超えて我われの胸を打つのは、大伯皇女の弟を想うこころが分かるからである。『懐風藻』によると、大津皇子は「体格や容姿が逞しく、寛大。幼い頃から学問を好み、書物をよく読み、その知識は深く、見事な文章を書いた。成人してからは、武芸を好み、巧みに剣を扱った。その人柄は、自由気ままで、規則にこだわらず、皇子でありながら謙虚な態度をとり、人士を厚く遇した。このため、大津皇子の人柄を慕う、多くの人々の信望を集めた(現代語訳)」とある。

 わたしの吟行がいつも「慰霊の旅」の性格を帯びていることに気づいたのは最近。大津皇子や大伯皇女だけではなく、過去から現在に至るまで我われは等しく不断に何者かのちからに晒され、流されて生きている。思い通りの人生があるわけではない。身近な人の死にも思いを致しながら、人間存在の哀しみのようなものを詠んでいる。句数だけではなく、吟行ごとに句が簡明に深くなることを目指さないといけない

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