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 古くから神々が鎮座するとして崇められてきた紀伊山地。和歌山県も北部に住んでいると、熊野三山も遥かに遠いとの感があるのだが、6月26-27日、はじめてこの地を本格的に吟行することにした。
 和歌山・奈良・三重にまたがる険しい地形に、独自の発展を遂げた「高野山」「吉野・大峯」そして「熊野三山」の三つの霊場とそれらを結ぶ参詣道。自然と人間の営みが紡ぎだす「文化的景観」が人類共有の財産として、平成16年7月、世界遺産に登録された
 和歌山市に住んでいるのだから熊野三山は足元なのに、やっとこの地に(吟行の)縁をいただいたのは松山吟行の折だった。道後温泉の近くにある、時宗の一遍上人の生誕地近くを通ったことによる。一遍上人のことを調べて、熊野とのつながりが分かったのである。
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 遊行・賦算(ふさん)をしながら一遍上人が熊野へ向かっていた道中でのこと。熊野山中で出会った一人の僧に念仏札を受けるように勧めたとき、信心が起こらないので受け取れないと拒否される。一遍上人は、ここでこの僧が念仏札を受けなければ周りにいる人も受けないのではないかと思い、無理にその僧に念仏札を与えた。

 自らの布教方法に疑問を持った一遍上人は、すぐに熊野本宮証誠殿(くまのほんぐしょうじょうでん)に参籠し熊野権現の啓示を仰ぐ。すると熊野権現が現れて次のように示された。「融通念仏を進める聖よ、どうして念仏を間違えて勧めているのか。あなたの勧めによって、すべての人々がはじめて往生するのではない。南無阿弥陀仏ととなえることによってすべての人々が極楽浄土に往生することは、阿弥陀仏が十劫という遠い昔、正しいさとりを得たときに決定しているのである。信心があろうとなかろうと、心が浄らかであろうとなかろうと、人を選ぶことなくその札を配るべきである」。この熊野権現の神託によって一遍上人は他力本願の深意をさとる。時宗ではこの時をもって開宗と定めている。(時宗総本山遊行寺ウェブページから、大意)
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 今回は熊野本宮大社には詣らない。世界遺産登録されたからか、熊野本宮大社以外はかなり観光地化されているようなので、吟行の時間を考える必要がある。ざわついているようでは、句も詠めない。(ちなみに熊野本宮大社と熊野那智大社に詣ったことは、ある。大勢で足を運んだだけの旅は記憶にほとんど残らない) 

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