句を詠むときはこころを自由に解き放つ。五感を全開にしてひと言でいえば日常や世俗を離れたところで詠んでいる。絵を描く、音楽を聴くにしても同様だろう。個人的には、会の金銭的な収支を扱ったりすることは苦手(少々頼まれているのよね)。右脳左脳ということが最近よく言われるが、そこから理由付けするとどうなるか。
人間の脳には右脳と左脳がある。一般的に、左脳は読み、書き、話す、計算などの言語、文字の認識や計算と算数・数理的推理、論理的思考などを担当するらしい。従ってよく論理脳、デジタル脳と呼ばれる。動物の中で人間が最も発達している部分。記憶を留めるよりも、分析・解析を得意としており、文字(受験で言えば現代文)や数字を論理的に分析する働きをしているらしい。
対して右脳は、ひと言でいうと〈五感を通じた感覚・感性〉を取り扱う。右脳の認識パターンは、瞬時に直感的にかつ総合的に外部情報を認識し判断するという。図形や映像の認識、イメージの記憶、直感・ひらめきなど。そのことから、右脳は全体的な情報処理を受け持つイメージ脳、感覚脳、芸術的な脳と認識されている。記憶容量は左脳に比べて大きく、その処理スピードも左脳とは比べものにはならない程という。
人間の脳は当然左右両方を兼ね備えたものなのだが、一方をよく使うことで片方が衰えることがあるのではないか。私の場合、多くの句を長年にわたって詠み続けるうちに一部が退化したのではないかと思っている。たくさんの句を詠めるが、事務的なことは非常にむずかしく煩わしく感じるように傾向が深まったのかもしれない。
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