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 生に限りがあるからこそ、輝きにみちた瞬間を享受することができる。「死すべき存在」だからこそ、美を感じて芸術に興じ、さらに創作活動にたずさわることもできる。柳人は川柳という文芸に関わってよりよく生きようとする。その中にいまを生きる生活実感をともなう生き甲斐が生まれてくる。表層ではない、人間存在の根幹に関わるところまで掘り下げる川柳の追求こそが、文芸を通じての柳人の自己実現につながるものといえるのではないか(たむらあきこ)
 13日の あかつき川柳会5月句会の「お話」で会場に配らせていただいた二枚のレジュメ、その二枚目に記した(故人を含めた)大家の句に些か付け加えてみた。これからもときどきこれはと思う大家の作品をここに挙げさせていただく。川柳に関心をもっておられる方々の参考にしていただければ幸いである。
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夕日★森中惠美子
天に川ありよろこびは稀にくる
うつくしきもののかたちに骨拾う
★時実新子
死に顔の美しさなど何としょう
君は日の子われは月の子顔あげよ
いちめんの椿の中に椿落つ
★前田咲二
切っ先をいつも自分に向けている
わたくしの干潟が満ちるまで遊ぶ
行方不明の刻を聚(あつ)めている夕日
水の底を水が流れている輪廻
ヒロシマの焦土を踏んだ足のうら
★墨作二郎
かくれんぼ 誰も探しに来てくれぬ
★尾藤三柳
乱世を酌む友あまたあり酌まむ
★石部明
縊死(いし)の木か猫かしばらくわからない
★麻生路郎
寝転べば疂一帖ふさぐのみ
二階を降りてどこへ行く身ぞ

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