下記は、もう30年以上も前の昭和58年八月、宇治田一也氏が時の内閣総理大臣 中曽根康弘氏に宛てた陳情書(抜粋)。ふり返ればこういう時代があったと思うほどの昔。東北大震災を経てなお原発再稼働の動きが止まない現状において、氏を含めた当時の和歌山県の有志たちの活動は刮目に値するのではないだろうか。私もその時代を改めて思いだしながら、注意深く読ませていただいた。
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陳情書 (その一)
今、アメリカ、フランス、ドイツ、カナダの四か所で十二人の方たちが、迫り来る核危機の回避を訴えて、八月六日から無期限の断食に入っています。この悲壮な断食を彼らは「FAST FOR LIFE」(生命への断食)と呼び、“もはやこの道しかないのだ。私たちは死ぬかも知れぬ。しかし私たちのあとに、巨大な反核のうねりを信ずる”と静かに語られています。
この十二人の方の直接の訴えは、アメリカの巡航ミサイル、バーシングⅡの欧州配置計画に対する居たたまれぬ危機感に発します。…中略…
ここで、日本人として私たちは、日本国代表の中曽根総理に対して謹んで陳情申し上げたいと参上いたしました。
総理は、さきのサミットにおかれては率先して、この外ならぬ核兵器の配置を主張されたと聞きます。
これは地方にあって平和を案ずる私たちにとっては、まことに耳を疑うような衝撃でございました。かの十二人の方たちは、まさしくこの配備計画へののめり込みにこそありありと地球破壊の運命を直視されたのであります。
私はここで、愚直の思いを省みながらも、あえて聡明な総理にお尋ね申したい。
総理は、たとえば果してこの核兵器の欧州配備を以て一応のバランスをとり、その上で改めて両者を撤去されるような確信をお持ちでしょうか。あるいは、たとえば配備しても他にこれを上回る平和への明るい見通しをお持ちでしょうか。これは十二人の方の命をかけた、否、私たち今の世の運命をかけた質問であります。…中略…
私は総理より数年の若輩でありますが、涙を呑んで終戦の日の夏蝉の中で、陛下のお声を拝した一人であります。
「万世のために平和を展かむ」、「武器を以ては平和は来ない。勝った者も負けた者も」。
このお言葉の尊さは、今も私の胸を高鳴らせるものがあります。止むを得ぬこととは申しながら、総理、あなたのご言動はこのご聖旨から、余りにも遠く距って来られたのではありませんか。…中略…
静かに十二人の方がたの尊い志をお考え頂き、この方々の志が少しでも生かされるよう、レーガン大統領の心の琴線に触れ得るよう、お話しして頂けないでしょうか。…中略…
以上、地元和歌山県下各地の多数の有志の祈りを代表して、私は、断食十七日目の歩みを運びました。爽やかな御高配をよろしくお願い申し上げます。
明治天皇御製
四方の海皆はらからと思ふ世になど浪風の立ち騒ぐらむ…中略…
昭和五十八年八月二十一日 “生命の断食”に連帯し真の平和を考える和歌山のつどい 宇治田一也
内閣総理大臣 中曽根康弘殿
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初めておじゃまします。私は沖縄の大田かつらと申します。よろしくお願いいたします。恥ずかしながら過去にこういう素晴らしい陳情書があったとは知りませんでした。ビックリポンですね。ガラゲーからスマホに換えてほんと良かったです。戦後から今もなお基地問題で揺れ続ける沖縄、子や孫へ古里の素敵な青空や澄んだ海は遺すことは出来るのだろうか⁉不安が募るばかりです。むしろ、この地球は人間のエゴで核が増え続けるばかり、地球的規模の地殻変動が起こるとどうなるのだろうと想像の翼は震えが止まりません。あきこさんのブログに感謝するばかりです。今後もよろしくお願いいたします。
大田かつらさま
もう30年以上前に原子力についても卓見をもっておられて、心配しておられたのね。
いろいろと見通しておられたと思います。
かつらさんの書いておられる通りですよね。
人間のエゴが、いまを引き起こしているのです。
ここは川柳のブログなので、あまりこういうことは書けないのですが。
ときどき発信していくこととします。
いろいろと、難しくなってきました。日本は、地球はどこへ行くのかと思いますね。
宇治田一也さんも、あの世で悲しんでおられると思う。
せめて、ここに書くことで一人でも多くの方々にお伝えしていくしかないのね。 (-.-)