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コウノトリ

コウノトリ

 どういうわけか厳寒の2月が好き。春の気配がほんの少しずつ日々大気に満ちてくるのが、なんともいえない幸福感をもたらしてくれる。春という大きな花のつぼみが徐々に開いてくるのを五感が歓ぶ。身体の細胞の一つ一つが眠りから覚めて弾んでくるような気がする。

 私の価値観には車も海外旅行もないので、唯一の贅沢が川柳行脚である。もちろん交通費や宿泊費もかなりかかるので、ふだん遣り繰りしながらあるだけの予算から捻出している。したがって清貧というしかない暮らしぶりなのだが、私なりに川柳のお蔭で心豊かに暮らせている。

 今日は18時過ぎに近くのドトールへ。やまと番傘川柳社柳誌「川柳やまと」2月号ゲラの中の「やまと路」の鑑賞文に最後の手を入れてポストへ。20時前から少々の食料品などの買い物をして帰る。富士山周辺吟行を3月初めに再び予定しているので、その費用を差し引いた範囲内での買い物。半額になった惣菜なども買って帰る。買い物で広い店内を歩き回ることがちょうどよい運動にもなる。行き帰りの時間を合わせて1時間ほどは歩いているだろうか。

 帰り、夜空を見上げながら遠く一人住む息子のことを考えることが多い。惣菜を買って帰るので息子が何を食べているのか気に掛かるのである。先日電話でコンビニ弁当が添加物まみれでよくないことを注意したが、そのあとネットで詳しい情報を得ただろうか。コンビニ弁当が一人暮らしの老人の命の綱になっていることをネットで読んだのは先月だったか。大阪の西成区では、期限切れのコンビニ弁当を10円(?)で売っているとか。これもネットからの情報。せめてみかんなど加工する前の果物をたくさん摂ってほしい。

 平成19年夏に川柳瓦版の会会長前田咲二にお声をかけていただき、強く勧められて時事川柳を始めたのだが、私の本来は時事川柳というわけではない。それまでもその後も一貫して詩性川柳を詠んでいる。瓦版句会と同時進行でいろいろな結社の句会におじゃますることで、私の目指すべき川柳はどの辺りかをずっと考えてきた。時事川柳も数年前に「あんたの時事川柳のカタチができてきた。それでいい」との会長からのお言葉をいただいている。

 しかし、もちろんそれだけでいいとは思っていない。考えていることは、川柳の〈嘱目吟(吟行の句)〉というジャンルをもっと耕したいということ。そのため場所を絞ってあちこちに出かけている。いつまでも生きていられるわけではないので、何か所も行けない。突き詰めて詠むためにそれこそ何回もその地を踏みしめ、強く五感に触れたものを川柳にしないといけない。そのカタチができてくれば、まずその辺りが川柳行脚の〆だろう。私の人生もたぶんその辺りで〆になるだろう。

 川柳はなかなか一般に理解されることの難しい文芸である。私も川柳が分かるまで2年は優にかかった。吟行(の)句にしても、私が生きているうちに(多くの方々に)理解していただけるとは思っていない。電子書籍にして遺すことになるだろうが、読んでいただける方がおられようがおられまいがそこは仕方がない。とにかく闘いの結果として残す。同様に闘い、逝かれたこの文芸の先人たちの後を追うように。

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