京都は不思議なところ。古いものと新しいものが共存している。川柳も伝統と革新が共存。京都深草にアトリエをもって水墨画を描いていた亡父が「空気の密度が違う」と言っていたことを思い出す。文化的なさまざまな分野での層の厚さが、やはり和歌山とはひと味もふた味も違うようだ。「’15きょうと川柳大会応募作品一覧(224句)」がたまたま手元にある。大会には出席させていただいたが、こちらの投句はしていなかったこともあり披講をきちんと拝聴していない。従ってどなたの句なのか分からない。たむらあきこの眼で17句を抄出。これらの句はこれからの川柳の一方向を示唆している。
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全員にゆきわたりましたか 深夜
二階からトントントンとくる明日
幸せが咲き出しそうな帽子買う
しんねりと午前零時の沖になる
寝返りを打つたび少しずつ暮れる
切り替えの上手な空を手に入れる
骨図鑑透かしてみればクラスメート
思い過ごしの濡れ納豆が口にある
訳あって秋の目玉が水っぽい
一日を遊んで紐が長すぎて
旧姓がかすかに灯る蝉のカラ
五番目のマトリョーシカが嘘をつく
人の世のところどころに盆の窪
ほほづえの頬のあたりをゆく夜汽車
モディリアーニほどの首なら武器になる
デモが過ぎ曲がり胡瓜が売れだした
一言一句違えず夏を記憶する
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