「川柳塔なら 篝火 4月号」掲載分を転載。
十二の窓⑷ たむらあきこ
十二歳から短歌を詠んでいる。柳人ではなく、歌人であるべきではなかったかと振り返ることもある。三十代にエッセイを書いていたこともあった。俳句もやはりその頃から。川柳がいちばん遅くて、まだ十六年ほど。短詩型文芸のうち、川柳だけがどういうものかを知らなかったので、近くの句会を知人に紹介してもらって始めたのである。
「番傘川柳つくし会」。ここに半年ほどお世話になったが、会費(句会毎に五千円)の関係でやめて、「川柳塔わかやま吟社」へ。ここで耳にする句は(私にとって)よく分からないことが多かった。やめようかどうしようかと考えているうち、柳友ができたことでさらに数年。そのうち葵水(きすい)賞、あおい賞など年(度)賞を次々に幾つか頂いて、結局十年ほど同人として在籍させていただいたのだったか。(現在は川柳塔わかやま吟社誌友。)
県外の句会には平成十七年から出席。そのうち「川柳瓦版の会」の前田咲二会長からお声をかけていただき、強いお勧めで入会。まもなく編集同人として会のお世話をさせていただくことになった。
川柳はそのように偶々(たまたま)入った道ではあるが、縁があったということだろう。短歌への思いはまだ止みがたく、時間さえあれば詠みたいが、川柳だけでも時間が足りない。どちらを択ぶかと問われればいまは「川柳」と答える。次は『たむらあきこ川柳集2010年』から。
現在地どこかがいつもわからない
止まってはいないわたしのなかの水
少しずつ零れるもののある器
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