「川柳塔なら篝火」 2月号掲載の小文「十二の窓⑵」を転載。
仕事の合間に、頂いた句集をいろいろと読ませていただく。句集を出される方が多くなったのはいいことだろうか。
私が川柳を詠み始めた頃は、柳歴十年未満の方が句集を出すなど、とんでもないという空気だった。そういう空気に反発を覚えないわけでもなかったが、いまになってみると分かる。
頂いた句集の半分は前・中・後と数ページずつを飛ばし読みにして終わる。柳歴の長さの如何でもない。要するにどれだけ集中して詠んでこられたかが問われる。柳歴が長くとも、一読にも値しないと思われる句集もある。
(所謂)大家の句集だからといって、よいとは限らない。句集一冊に(私が)評価できる句が一句もない「大家」もおられる(お名前は申し上げられない)。
個人の句集や柳誌などから拾った、よいと思われる句は私のブログ(〈新葉館ブログ たむらあきこ〉で検索)で時どき紹介させていただいている。
手元に先日届けていただいた句集があるので、ご紹介を兼ねて記させていただく。ただ句集も三度読まないと何とも言えない。三度の鑑賞に堪えるかどうか。そこが(私から見た本当によい句集かどうかの)分かれ目。
返事するひとりぼっちにさせぬよう
何もないかも知れないけれど手を開く
進化論いつかは人になれそうで
釣針を垂らそう闇が掛かるまで
いい日だな特筆すべきことがない
(『竹内ゆみこ川柳句集レム睡眠』より)
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