20日。南海和歌山市駅出発。(伊勢)神宮吟行へ。2日通しての吟行で、まず200句程度を目標に詠んでまいります(30句ほどに絞ってアップ)。立山吟行の「立山賦」は、11月、1月に再び吟行、そのあと纏めてアップさせていただきます。みなさま、どうぞよろしく。
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犬は日本語で【ワンワン】と鳴き、猫は、【ニャーニャー】、 英語で犬は、舌の先を噛んで、【バウワウ】、猫は【ミューミュー】、 フランス語で猫は、鼻から抜けるように、【ウワウワ】、猫は、【ミャウミャウ】と鳴きます。これは国々の五感の違いなのでしょうか、フランス生まれの「オノマトペ」は、日本に流れてきて、日本流にどしどし増殖中しております。
というのは、昨日は川柳作家による150程の【オノマトペ】を拝読してきたのです。 さすが漫画の国・日本です。見事な創作料理が満載。こんな表現で合っているのかと疑問も持ちつつ、中でも山口ろっぱさん、酒井かがりさんの感性は宇宙人的で、感性の豊かさに凡人である私は唸らされるばかりでございました。はたして、この方たちの目や耳はどんな構造になっているのか、犬や猫の声はどのように聞こえているのか、知りたい思いを残して帰ってきた一日でした。その中味は7月17日に笠嶋恵美子さんから発表されるでしょう。お楽しみに!
さて長旅中の姉さんは、ヘトヘト、クタクタ、ガタガタ、ボキボキ、バタンキュー、ズキンズキンと思いきや元気なので驚きました。 ただ、年齢的に疲れは2・3日あとに来ますからご注意を。
茶助さま 順調に23日になりました。 いま鈴鹿のホテル1Fのパソコンに向かっています。 本日これから斎宮??(?)まで。 20日は神宮禰宜の友人の車で迎えていただき、案内していただくなど考えられないくらいの贅沢な旅になりました。おまけに懐石料理までご馳走になったり。 畏れ多いことでした(笑)。 昨日は鈴鹿市民川柳大会にてたかこさん久美子さん始め、みなさまと歓談。 ということで、校正会にてのちほど。
あきこさま いまは旅の空の下。 さきほど、茶助さんが不吉な予言をおっしゃいましたが、・・・・ 「疲れは2・3日あとに来ますから」というと、まさに鈴鹿の大会のさなかではありませんか。 どうか、伊勢の神様の御加護がありますように。 秋の、冬の 富山でお待ちしております。(^*^)/
竹内いそこさま いま鈴鹿のホテル。これから少し近くを廻って、夕方から校正会。 神宮の句も数十句詠みました。先ほど推敲した中から1句。
千木(ちぎ)鰹木(かつおぎ)遥か向こうを呼吸する あきこ
ではまた~。
いそこさんへ、もう少し悲しいことを書きます。ゴメン! 「ヤマトタケルが東国平定の長い戦からの帰途、鈴鹿の熊褒野(のぼの)にて倒れる」という件りが、古事記にあります。その時の言葉が『『吾が足は三重の勾がりの如く甚だ疲れたり』とあります。(私の足は三じゅうに折れるほど歩き疲れた)ということです。これが三重の地名の語源にもなっているそうです。 さて、Wikipediaには、下記のような文章が記されています。 「ヤマトタケルが没した能褒野の地とされる三重県北部には、ヤマトタケルの墓とされる古墳【白鳥陵】がいくつかあった。その中でも鈴鹿市加佐登の「白鳥塚」と呼ばれる円墳が最有力とされていたが、明治12年、内務省は亀山市田村町の「丁字塚」と呼ばれる前方後円墳【能褒野王塚古墳】をヤマトタケルの墓に治定し、『能褒野陵』と命名した。
★ とは言っても、あきこさんの場合は、観光が半分ですから、疲れも半分でしょう。 大変、お邪魔ムシでした。
茶助さま ヤマトタケルの墓はよく行きました。あのあたりに配達(自営)に出かけると ちょっとだけ拝んでトイレをお借りしました。 我が家から軽く30分は掛かるので、当時はそれほどコンビ二も無くて…助かりました。
現在熊褒野は亀山市です。「鈴鹿峠」と言っても亀山なんです。亀山は歴史的に興味深いものがたくさんあります。もちろん鈴鹿もありますが…。でも当時は鈴鹿の…だったのでしょうか? また時間ができたら調べるのも面白いでしょうね。
たかこさんへ、時間が余りないので、早速、歴史街道を歩いてみました。確かに熊褒野は亀山市でした。おかげで、この界隈の歴史10個余りを、私の知ったかぶりの袋に収めることができました。ありがとう。さて日本武尊は最後、白鳥になって飛び去ったのでしたね。今もその白鳥は、空を旋回しているとか。私は先日、それらしき白鳥を安土城の近くで見かけましたが・・・。違うのかな?
あきこさま、昨日はお疲れ様でした。 初心者の私に握手まで、ありがとうございました。大会は133名の参加と盛会。鈴鹿のメンバーの一人として大変喜んでいます。 川柳にご縁をいただいて1年半、益々精進していきたいと思っています。 書き込みはなかなかできませんが、本ブログ、いつも楽しく読ませていただいています。
繁さま いま帰ったところ。公会堂で校正会でした。 鈴鹿市民川柳大会、楽しませていただきました(これからアップします)。 目が悪いので、どこかでお会いしたときはお名前を仰ってくださると「ああ。はい!あのときの!」という具合にすぐ分かりますのでどうぞよろしく。お名前は覚えていても、お顔がぼやけるのね~。 川柳は奥の深い文芸なので、この文芸を始められたことは、私と同じでラッキーだったと思いますよ。お互いにがんばりましょう!(^o^)/
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犬は日本語で【ワンワン】と鳴き、猫は、【ニャーニャー】、
英語で犬は、舌の先を噛んで、【バウワウ】、猫は【ミューミュー】、
フランス語で猫は、鼻から抜けるように、【ウワウワ】、猫は、【ミャウミャウ】と鳴きます。これは国々の五感の違いなのでしょうか、フランス生まれの「オノマトペ」は、日本に流れてきて、日本流にどしどし増殖中しております。
というのは、昨日は川柳作家による150程の【オノマトペ】を拝読してきたのです。
さすが漫画の国・日本です。見事な創作料理が満載。こんな表現で合っているのかと疑問も持ちつつ、中でも山口ろっぱさん、酒井かがりさんの感性は宇宙人的で、感性の豊かさに凡人である私は唸らされるばかりでございました。はたして、この方たちの目や耳はどんな構造になっているのか、犬や猫の声はどのように聞こえているのか、知りたい思いを残して帰ってきた一日でした。その中味は7月17日に笠嶋恵美子さんから発表されるでしょう。お楽しみに!
さて長旅中の姉さんは、ヘトヘト、クタクタ、ガタガタ、ボキボキ、バタンキュー、ズキンズキンと思いきや元気なので驚きました。
ただ、年齢的に疲れは2・3日あとに来ますからご注意を。
茶助さま
順調に23日になりました。
いま鈴鹿のホテル1Fのパソコンに向かっています。
本日これから斎宮??(?)まで。
20日は神宮禰宜の友人の車で迎えていただき、案内していただくなど考えられないくらいの贅沢な旅になりました。おまけに懐石料理までご馳走になったり。
畏れ多いことでした(笑)。
昨日は鈴鹿市民川柳大会にてたかこさん久美子さん始め、みなさまと歓談。
ということで、校正会にてのちほど。
あきこさま いまは旅の空の下。
さきほど、茶助さんが不吉な予言をおっしゃいましたが、・・・・
「疲れは2・3日あとに来ますから」というと、まさに鈴鹿の大会のさなかではありませんか。
どうか、伊勢の神様の御加護がありますように。
秋の、冬の 富山でお待ちしております。(^*^)/
竹内いそこさま
いま鈴鹿のホテル。これから少し近くを廻って、夕方から校正会。
神宮の句も数十句詠みました。先ほど推敲した中から1句。
千木(ちぎ)鰹木(かつおぎ)遥か向こうを呼吸する あきこ
ではまた~。
いそこさんへ、もう少し悲しいことを書きます。ゴメン!
「ヤマトタケルが東国平定の長い戦からの帰途、鈴鹿の熊褒野(のぼの)にて倒れる」という件りが、古事記にあります。その時の言葉が『『吾が足は三重の勾がりの如く甚だ疲れたり』とあります。(私の足は三じゅうに折れるほど歩き疲れた)ということです。これが三重の地名の語源にもなっているそうです。
さて、Wikipediaには、下記のような文章が記されています。
「ヤマトタケルが没した能褒野の地とされる三重県北部には、ヤマトタケルの墓とされる古墳【白鳥陵】がいくつかあった。その中でも鈴鹿市加佐登の「白鳥塚」と呼ばれる円墳が最有力とされていたが、明治12年、内務省は亀山市田村町の「丁字塚」と呼ばれる前方後円墳【能褒野王塚古墳】をヤマトタケルの墓に治定し、『能褒野陵』と命名した。
★ とは言っても、あきこさんの場合は、観光が半分ですから、疲れも半分でしょう。
大変、お邪魔ムシでした。
茶助さま
ヤマトタケルの墓はよく行きました。あのあたりに配達(自営)に出かけると
ちょっとだけ拝んでトイレをお借りしました。
我が家から軽く30分は掛かるので、当時はそれほどコンビ二も無くて…助かりました。
現在熊褒野は亀山市です。「鈴鹿峠」と言っても亀山なんです。亀山は歴史的に興味深いものがたくさんあります。もちろん鈴鹿もありますが…。でも当時は鈴鹿の…だったのでしょうか? また時間ができたら調べるのも面白いでしょうね。
たかこさんへ、時間が余りないので、早速、歴史街道を歩いてみました。確かに熊褒野は亀山市でした。おかげで、この界隈の歴史10個余りを、私の知ったかぶりの袋に収めることができました。ありがとう。さて日本武尊は最後、白鳥になって飛び去ったのでしたね。今もその白鳥は、空を旋回しているとか。私は先日、それらしき白鳥を安土城の近くで見かけましたが・・・。違うのかな?
あきこさま、昨日はお疲れ様でした。
初心者の私に握手まで、ありがとうございました。大会は133名の参加と盛会。鈴鹿のメンバーの一人として大変喜んでいます。
川柳にご縁をいただいて1年半、益々精進していきたいと思っています。
書き込みはなかなかできませんが、本ブログ、いつも楽しく読ませていただいています。
繁さま
いま帰ったところ。公会堂で校正会でした。
鈴鹿市民川柳大会、楽しませていただきました(これからアップします)。
目が悪いので、どこかでお会いしたときはお名前を仰ってくださると「ああ。はい!あのときの!」という具合にすぐ分かりますのでどうぞよろしく。お名前は覚えていても、お顔がぼやけるのね~。
川柳は奥の深い文芸なので、この文芸を始められたことは、私と同じでラッキーだったと思いますよ。お互いにがんばりましょう!(^o^)/