京都の宿‥最近選択している宿泊のかたち
地下鉄・京都市役所前駅と京阪電鉄・神宮丸太町駅からともに徒歩7分の市街地にある、モダンな KYOTO MORRIS HOSTEL(京都モーリスホステル)(写真)。同ホステルは丸太町・ハートピア京都での草原句会の帰りに使わせていただく。翌日は、吟行(今回は予定していたわけではないが、本能寺吟行)。今...【続きを読む】
(2019)草原1月句会‥《捨てられた菩薩を覆う日のひかり》
(10日、記す) 9日。南海和歌山市駅9時29分発特急サザンで天下茶屋、地下鉄堺筋線・阪急で淡路、阪急京都線で烏丸まで。地下鉄烏丸線で丸太町まで。近くの喜楽亭で焼き鯖の定食。ハートピア京都4F第5会議室まで。和代、茂喜、照子、恵美子、六助、早苗、すみれ、理恵、彰子、喜八郎、秀夫、憲子、もも花、ろっぱ...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成5年)❽‥《兵馬俑の響き聞こえるときがある》
※2月いっぱいで抄出を終えるため、急いでいます。先生は、幼い頃、神童と言われていたらしいのね。ご両親の期待を一身に受けておられたことは想像に難くありません。父上がはやくに亡くなられたのね。終戦で江田島の海軍兵学校からもどられ、地元の医者から「医学を勉強して、娘三人のうち(誰でもいいから)選んで結婚し...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成5年)❼‥《暗夜行路 書いた小さな机だな》
※2月いっぱいで抄出を終えるため、急いでいます。先生は生前一冊の著書も出しておられないのです。十年間、ずっと「(誰も)いつまでも生きていられないんだし。先生も(本を)出さないと」と申し上げてきたのね。その都度「よし、やるぞ~」と返事はよかったのですが。一時は、短歌も俳句も川柳も一緒にして出すと言って...【続きを読む】
阪南1月句会‥《月の下 やっとわたしの過去も澄む》
11時半に自宅マンションまで知香さんが車で迎えにきてくださって、阪南市立尾崎公民館まで。しばらく句の推敲。13時前に2Fまで。愿、みつ江、ふさゑ、ひろ子、俶子、康信、勝彦、保州、しのぶ、彦弘の各氏ほかみなさまとごあいさつ。席題は「下」。
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥
[阪南1月句会]出席2?名。欠席...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成5年)❻‥《犬と目が合う木枯らしの街角で》 平成5年度に入ります
※2月いっぱいで抄出を終えるため、急いでいます。本格川柳、川柳の王道を見る思いで日々抄出しています。改めて学ばせていただいていることを、天国の先生に感謝申し上げたい。
【本格川柳とは何か】
『川柳読本』(岸本水府著 1953年 創元社刊)に、水府は「本格川柳ということ」と題して、下記のように書いて...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成4年)❺‥《穏やかに父を奪った海がある》 平成4年分はこれで終わりです
※時間がないので、少々急いでまいります。銀行の支店長をされていたという父上(芋仙(うせん)という俳号をもたれた俳人)が、はやくに亡くなられたとは伺っていましたが。(たしか、先生が10歳のとき42歳で亡くなられたと記憶) 詳細を記したメモがまだ出てこないので、のちに訂正するかも知れません。先生はあまり...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成4年)➍‥《ちびた鉛筆を上手に削る父》
※時間がないので、少々急いでまいります。良しあしとは別に採っている句があります。先生のものの考え方が出た句、故郷・新宮のことを詠んだような句。先生は新宮中学から江田島の海軍兵学校へ進まれました。東大・京大とは言わなかった時代で、よくできる生徒は海兵(海軍兵学校)か陸士(陸軍士官学校)へというのがふつ...【続きを読む】
Loading...





































