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4日(土)朝8:30分、店頭に『すみませんが、4日5日は休ませていただきます』と、張り紙。家内を助手席に乗せて出発。
中国道加西SAにてトイレ休憩して車に戻るとき『かんじさ~ん』という声。
見れば、早人さんと奥さん。奥さんとは初対面にてご挨拶。6月に亡くなられた母上の墓参りとのこと。高速道路内なので、ビールで乾杯というわけにもゆかず、すぐにバイバイ。それにしても珍しいところで会うものだ。
12時、新大阪駅前メルパルクの地下駐車場へ。昼食後、新幹線乗り場へ。
タイミング良く来たのに乗ったら、自由席はガラ空き。ラッキーと喜んでいたら、アナウンスで『この列車は新幹線の各駅停車…、東京は16時?分到着』。
『こらアカン、乗り換えよう』と京都で下車。『のぞみ』に乗り換え。
自由席はほぼ満席だったが、幸いにも坐れてホッと一息。『こだま』と『のぞみ』を、いつもゴッチャにしてしまうのは、乗りなれていないことに加えて、覚えようという意識がないからだろう。
東京から、地下鉄『都営三田線』の大手町駅へ。3人に聞きながら無事到着。
三田線の新高島平駅着は16:30分。息子にTELして迎えにきてもらう。

そもそも、今回の訪問は、私が5日の『乱魚さんを偲ぶ会』に出席するために、4日の夜泊めて貰うのが目的だが、家内が『新居を見たい』というので、一緒に出かけてきた次第。
新居も、思っていた以上にしっかりした造りで居間も広く、まずはメデタシ。
前日、宅配で送った『白イカ』が到着。白イカの刺身とバター焼きにて乾杯。
孫二人がいるので、いつもの10倍以上賑やかな夕食になった。
ビールで乾杯後、焼酎ボトル1本、息子と一緒に空にして、オヤスミなさい。
翌朝、『ああ、よう飲んだ。ボトルの三分の二は俺が飲んだようやな』と、言ったら、息子の嫁が『お父さん、五分の四は飲んでますよ!』と言う。う~ん、そう言われてみると、そんな気もするが…。痛飲三連荘である。

5日(日)朝食後、9時15分出発。東京駅傍のデパートで土産などを買いたいという家内と一緒に、息子の車で送ってもらう。孫二人も同乗。息子の嫁とは、玄関先でバイバイ。
駅に向かう途中『前に住んでいた西台の社宅が取り壊されて、更地になってる』と息子が言うので、それを見に行く。
家内は二番目の孫が産まれるとき三週間ほど、その社宅にいたことがあるので懐かしいらしい。『あっ、ここまでよく買い物に来た』などと言うが、私は一度しか来ていないので、社宅周辺しか覚えはなかった。
社宅といっても平屋ではなく14階?建てぐらい、で、息子たちはその12階に住んでいた。私が訪れて帰るとき、振り仰ぐとベランダに私が贈った鯉のぼりが垂れていた。建物が消えた跡を眺めて、ふと、その光景を想い出した。
西台駅で、息子と孫二人とバイバイ。私は山手線に乗り換えるために巣鴨で下車。大手町まで行く家内とバイバイ。
山の手線で巣鴨から日暮里まで。日暮里から常磐線に乗り換え柏へ向かう。
途中、列車の中で私を見つけてくれた太郎さんが声をかけてくださった。
太郎さんも『偲ぶ会』に出かけるところで、一緒に会場に向かう。会場はザ・クレストホテル柏。開会は11時30分だが、50分も早く到着。
だが、すでに受付態勢は万全。参加者も数十名到着していた。

  【今川乱魚さんを偲ぶ会】 出席者217名。川柳以外でも活躍されていたので、出席者も各界から。遠方からは、台湾・沖縄・九州・北海道、と、多士済々。
見知らぬご婦人が何組か『ブログ拝見しています』と声を掛けて下さったうえに、一緒に写真まで。ほんとうにネットの力はすごい。声をかけてくださいました皆さま。ありがとうございました。アホな話ばかりアップして申し訳ございません。まあ、たまには川柳のことも書きますので我慢してください。

偲ぶ会の第Ⅰ部は、黙祷から始まって、各界より「乱魚さんを語る」。
第Ⅱ部は、献杯に始まって、昼食会。シャイで無口で人見知りする私は、見知らぬ人ばかりだと困るところだったが、お隣が楓楽さんだったので助かった。ビールで乾杯のあとは、ワイン&焼酎&清酒の四種混合。だが、昼間の酒は後がしんどいので、控え目に飲む。
閉会は14:30分ぐらいの予定だったが、13:45分に、一足お先に失礼。
声をかけてくださいました皆さま。そして、お世話くださいましたスタッフの皆さん。ご挨拶もせずに帰りましたご無礼、平にご容赦ください。
時刻表で調べていた予定通り、柏駅より常磐線快速~山手線を乗り継いで、東京発14:50分の『のぞみ』に乗車。新大阪着は17:26分。
17:40メルパルクにチェックイン。サッとシャワーを浴び髭を剃って再出発。
18時過ぎの地下鉄にて淀屋橋へ。瓦版の会場『中央公会堂』着は18:25分?

 【瓦版の会 9月例会】 出席者61名は、ちょっとした大会並み。

   地下七百メートル僕なら気が狂う
   夕張からチリに向かって掘り進め
   かき氷にチェンジしましたタコヤキ屋
   昼寝です熱中症じゃありません
   僕の水虫もスーパー耐性菌  (他1句)

句会終了後、いつもの酒場で懇親会。参加者12名(内、女性4名)
皆さんは生ビールで乾杯だったが、私と咲二さんはいきなり焼酎の湯割り。
というのも会場も酒場もエアコンが効いて寒いぐらい。スーツの上着をホテルに置いてきたので、上は半袖シャツだけ。湯割りがちょうど良かった。
一筒さんが、湯割りを作るとき『かんじさん、焼酎七分にお湯三分?』と訊ねてくださったが、『ゆうべ飲み過ぎたので、焼酎六分で』と、お願い。だが、飲んでいるうちに調子が出て、次のは『焼酎七分でお願いします』。痛飲四連荘!
二次会は、いつものようにケーキのうまい喫茶店の二階。12名全員参加。
散会して地下鉄に乗ったのは11時過ぎ。ホテルへ帰着してバタンキュー。
ザ・ロンゲスト・デー、だった。

6日(月)。朝8:30起床。9時過ぎホテル地下駐車場出発。ウィークデーのため宝塚あたりの渋滞もなくスイスイ。
昼前に人形峠あたり。いつもは人形トンネルを通るが、急ぐ旅でもないので、ふと思いついて、旧道へ入って峠を目指す。
人形トンネルが完成したのは1981年なので、三十年ぶりぐらいの峠越え。
峠頂上の売店は勿論なくなり、原子力開発関係?の会社の建物になっている。
そして新しく。アトム・サイエンス館とウランなどの展示館があった。いずれも入場無料らしいが、わざわざここまで見に来る人はいるのだろうか?
まあ、学校など団体で見学するのは良いかもしれない。
倉吉にて昼食を摂って、午後1時前に無事帰宅。

写真左3枚は、偲ぶ会の様子。右端は午後6時20分ごろ、淀屋橋で降りて中央公会堂に向かう途中。土佐堀川を見る。左が中之島。句会も懇親会も楽しいが、会場へ向かうプロムナードが、どこの句会でも、とても楽しい。



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