本日、第3木曜日にて山陽カルチャー例会日。11月例会ではいつも「岡山総合グランド」の紅葉を撮っているので、今日も9時15分に出発。総合グランド着は11時15分。アバウト1時間ゆっくり散策しながら見事な紅葉をパチリパチリ。(写真1、2、3)
昼食後、山陽新聞社の会場着は定刻1時の7分前。本日の出席16名と見学のご婦人1名(フルメンバー18名)。いつも通り2時間ゆっくりお話しして3時終了。新聞社の中庭にある「楷の木」の紅葉が綺麗と丹下さんにご案内いただいてパチリ(写真下4)。 この木については、ネットで下記の情報が載っていた。 ・帰路に高梁SAにて「考えるベンチ」(写真5)が、「今日は暑かったですね~。明日から平年に戻るようですよ。お大事に~~!」と言っていた。
【楷の木】江戸時代まで「楷の木」は日本には存在していませんでした。日本に初めて移入されたのは、大正4年(1915年)でした。当時、農商務省林業試験場の初代場長であった白沢保美博士が中国を訪れ、孔子の墓所から「楷の木」の種を採取し、播種、育苗されました。その後、日本国内の孔子や儒学にゆかりのある学校(湯島聖堂3本(雄)、足利学校1本、閑谷学校2本(雌)、多久聖廟1本(雄)など)に寄贈されたのが最初です。楷の木は、和名で牧野富太郎博士が「孔子木」と命名しましたが、現在では「楷の木」または「楷樹」と呼ばれております。 ・ ・ 風土に合っているためか閑谷学校(岡山県)の楷の木が最も大樹に育っています。閑谷学校の中心である聖廟の両脇に二本の木が植えてあり、どちらも幹の太さが2m、高さ約13mに達しています。孔子にちなんで、閑谷学校では「楷の木」を『学問の木』と呼ぶようになりました。つまり、日本で最初に『学問の木』と呼んだのは閑谷学校が最初です。 〔仕事と歩数〕山陽カルチャー。(4,203歩)
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下は今日までに届いた句会や大会の中止(延期)情報です。総て把握していませんので、出席予定の会は主催者にお問い合わせ下さい。日程が済んだものは細字に。(11月15日までのは消去。記録が必要な方は以前のブログをご覧下さい)
12月5日(土)川柳塔まつえ吟社12月句会(島根) ⇒ 誌上句会に変更
12月7日(月)川柳塔社12月句会(大阪)⇒ 誌上句会に変更。
12月13日(日)没句供養川柳大会(鳥取)⇒ 誌上大会に変更
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