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写真は、6月16日の「豊中もくせい川柳会大会」へ出かけたときのもの。
投句を済ませたあと、曽根駅前をぶらぶら散歩していたときに見つけたもの。
右端の少女の像は、三義塚から少し離れた歩道にあったので関係ないと思っていたが…、てのひらに乗せているのは鳩?

【三義塚の由来】

■ 三義塚と魯迅
  1932年(昭和7年)2月、西村真琴博士は戦争で傷ついた人々を救援するため、奉仕団の団長として中国を訪れ、活動していました。
  上海市を訪れた時、 戦乱で廃墟となった三義里街の一隅に、飢えて飛べなくなった鳩を見つけ介抱しながら日本に連れて帰りました。
  鳩は「三義」と名付けられ、はじめは新聞社の鳩舎に入れましたが、他の鳩ともよく馴れたので、とくに仲のよい一羽とともに、豊中市穂積(現在の服部西町)の自宅で家族同様に育てました。 博士は小鳩が生まれたら、日本と中国友好の証しとして上海市に送るつもりでした。講演会のたびに仲のよいこの鳩を伴ない、鳩をとおして両国民の親善を説いたといいます。
  3月16日、鳩はイタチに襲われ死んでしまいました。同情した村の人たちが野面石を持ち込み、塚を立て、博士の自宅庭先にある藤の根近くに、そのなきがらを埋めました。
  博士は「三義」の絵に『西東国こそ異へ子鳩等は親善あへり一つ巣箱に』の歌を添えて、中国の文学者、魯迅に贈りました。
  魯迅は感激し、1933年6月に七言律詩『三義塔に題す』を詠み、この不朽の名詩を博士に贈りました。
  三義塚は、博士が1956年1月に72歳で亡くなった後、1981年の春に、博士の旧宅から、豊中市本町8丁目の孫娘の家の庭先に移され、大切に守られてきました。
 その後、「三義塚」は、1986年10月の豊中市制50周年を記念して、博士のゆかりの深い中央公民館に移され、今日にいたります。

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