27日大阪出張。車で往復が気楽でいいのだが、大型連休で渋滞に引っ掛かると大変なので、「スーパーはくと」で出かける。数週間前に予約したのだが、定宿の「メルパルク」も「ガーデンプレス」も満室。ようやく新大阪駅南の「チサンホテル」を予約。
27日、午後4時頃チェックインして入浴しようと段取りしていたらケータイに着信。鹿野の森山盛桜さんから。「中原諷人さんが亡くなられました」という連絡に、一瞬絶句した。が、「とうとう…」というのが正直な感慨。彼とは同じ歳。70歳は余りにも若過ぎるが、幼年期にカリエスに罹り、体力的にはキツイ昨今であっただろう。最近はずっと車椅子で、酸素ボンベを手放せない状況であった。母上の汲香さんが昨年亡くなられたばかり。奥さまのみさ子さんも川柳をやっておられて、私が川柳を始めた30年前ごろからのお付き合い。
かつては、大阪からの帰途に立ち寄ってお茶をよばれたり、しばしばお邪魔していたが、最近は1年に1度、鹿野の大会で会う程度であった。が、みさ子さんの話では「諷人は、完司さんのブログを見るのを楽しみにしている」ということであった。ともあれ、こころよりご冥福をお祈り申し上げます。
諷人さんの葬儀は、30日(火)、午前11時より。鳥取市の「いなば葬祭会館(メモリアル・いなば)」 当日は「保寿会」のバス旅行に参加申し込みをしていたがキャンセル。お見送りさせていただく予定。
27日午後6時より、道頓堀の「治兵衛」にて「二七会」。ここは昨年末に初めてお邪魔してから、これで2度目。岸本水府の時代から続く伝統的な会。だが、少し変わっていて「飲みながら食べながら」やる会。受付で会費4000円を支払う。これは料理代。飲み代は別途、ビール券・焼酎券・清酒兼を各自好きなだけ購入して、それぞれ、飲みたいタイミングに仲居さんへ依頼して持ってきてもらう。というシステム。
という訳で、着席していきなりビール。&焼酎湯割り&清酒。句箋に書き込みながらグビグビ。「宿題の選を…」と依頼されたが、昨年末にもやっているし、ゆっくり飲みたかったので、丁重に辞退させていただく。
【二七会 4月例会】 出席者25名。欠席投句数名。
雑草もよし菜園は自由帳
エンディングノートちらしの裏でよし
仕事人終えてようやく素浪人
ご近所のヤクザと会釈だけはする (他4句)
終了後、2次会は、治兵衛の斜め前にあるカラオケスタジオへ。参加者8名。ここでは芋焼酎のロックを頂戴。例によって、他の皆さんが歌っているのまでお邪魔して歌ってしまった。
古都逍遥
納沙布みれん
十九の春
サバの女王
カスバの女
紅の舟歌
切手のないおくりもの
カラオケルームは3階だった?と思う。終了して帰るとき、エレベーターの扉が閉まったところだったので、負けてなるかと、階段を脱兎のごとく降りて、1階に「ドンドンド~ン!」と到着したところ、勢い余って、ロビーの床にドッサ~~と滑り込み。これには他のメンバーもビックリ! 私自身もビックリ。幸運にも、どこも怪我せず。
しかし、もしも、その階段の前に誰かがいたら怪我をさせているかもしれない。また、フロントがもう少し近かったり、或いはバッグとか何かの荷物があれば、私が怪我をしていただろう。気持ちだけは若いころと同じだが、足がついて行かない。それは日頃から分かっていて自重しているのだが、酔っぱらうと忘れてしまう。今後、酔っぱらっても「階段は駆け降りないこと!」を、絶対に忘れぬようにしなければならない。
道頓堀の「治兵衛」、写真左に看板あり。ここのポン酢が絶品。ちょうどなくなったときだったので、土産にゲット。
今朝、ホテルを7時前に出発したら、新大阪17番ホームに7時7分ぐらいに着いてしまった。京都発の「スーパーはくと1号」到着まで20分もぶらぶら。だが、人影がなくてスカッと爽やか、明るい日差しが気持ち良かった。
本日28日(日)、午後から文化協会の会合があるので、いちばん早い「スーパーはくと」で帰鳥。午後1時からの「東伯文化協会理事会」に向けて段取り。
【琴浦町・東伯文化協会理事会】 出席16名。
会長挨拶に始まり、前年度事業報告・前年度会計報告。続いて本年度事業計画・本年度予算案。続いて2年に1度の役員改選。会長以下全員留任と決定。その他の案件特になし。
議事終了後、各部会に分かれて本年度の計画など話し合い。各理事は全員「研修会」「文化祭」「広報」のどれかに入ることになっていて、私は「広報部会」。4人のメンバーにて、今年は「琴浦町報」に加入団体の宣伝チラシを入れて、会員募集しようではないかということになり、私が雛型を作製することになって、3時半終了。
事務局という面倒な仕事、次の世代に引き継ぎしてもらいたかったが、適当な人がおらず、あと2年やるハメになってしまった。この2年の間に何とか後釜の目星をつけて、口説き落とさねばならない。
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昨日は遠路、ユニークな我が二七会へご参加頂き、ありがとうございました。
句会の折に、川柳仲間の飲んで転んで~云々の話題が出ておりましたね~。
川柳のお仲間の体長不良の話も…。
二次会での完司さんの「オコトバ」のように、カラオケも川柳も「こころをこめて」!。そして健康へも「こころをこめて」生きなければ、と~。
また近いうちにどこかで、お互いに「こころをこめて」お出会いできましように。
訂正!(+_+)(体長→体調)
(お出会いできましように→お会いできますように)
毎度のことながら、大変お世話になりました。
おかげさまで、楽しいひとときを過ごすことができました。
そうですね。転んだり倒れたり、体調不良だったり、人生これからが大変です。
お互いに、健康第一&安全第一にて末永く、よろしくお願い申し上げます!
もう、こんばんわの時間ですね。
ホーム・グラウンドの「おしん」ではなく、よそでのカラオケ 調子は如何だったでしょうか。点数表示の出ない?カラオケだったようですが。
こんばんは~~~。
カラオケ、点数表示機能はありましたが、敢えてOFFにしました。おしんでも点数表示でワイワイ楽しんでいるのは、我々四馬鹿大将ぐらい?他にもおられるでしょうが、少数派です。
他の皆さんは、点数など関係なく楽しむというタイプで、点数表示をOFFにしているときのほうが多いですね~。まあ、それが酒の席では妥当なところでしょう。
私の調子は、相変わらず絶好調(酔っぱらったときだけ)! でした。
お疲れ様です~~m(__)m
毎日大変ですね………\(◎o◎)/!
お仲間がお亡くなりになったり………
文化協会の事務局………
なかなか後釜は無理かな………(^^;)
お酒を最初から飲みながらか………いいな(飲めないけど…)昔の俳諧などはそのようにしていたのかな?なおらい会はあるのが当たり前だったようで………
川柳の会も江戸時代はなおらい会があったのかしら?
こんばんは~。
「なおらい会」、聞き慣れない言葉ですね、。今、ネットで調べました。
そうですね、川柳の会、昔はほとんど男性ばかりでしたので、飲みながらやる、というのが原点。とまでは言いませんが、そういうスタイルが多かったのかもしれません。
この「二七会」で、もう一つ珍しいこと。
抜けた句が披講されて、作者が呼名、そのあと選者がもう一度読み上げる。と、ここまでは他の会と一緒ですが、脇取りが作者名を復唱した後、全員が拍手します。これも、この会の伝統で、いわば「和気藹藹」を醸しだしているようです。
そうですか、「なおらい会」は聞き慣れない………
元々は宗教的な言葉なのでしょうが、こちらでは、集まりがあった後の宴会をこのように言う人がいます(^^)
一句ずつ拍手\(^O^)/それも良いかも(*^_^*)
ほうほう、完司さんは二七会にも出没されるのですね。
2年ほど前に堺番傘の句会に一人で武者修行(?)に出かけた時、二七会のことを知りました。食べながら、飲みながら、しかもユーモア川柳ということで、そんないい会があるのか! 一度(と言わず、何度でも)行ってみたいなあ!と、たいへん興味を持ちました。
お酒の券や拍手のことは初めて知りましたが、いい制度ですね。
ちなみに「なおらい」は「直会」と書き、もともと神道関係の言葉で、神様にお供えしたものを、神様とともに、あるいはお下がりとしていただくことです。
まあ、早い話が、志乃さんがおっしゃるように、集まりの後の宴会、公の固い会の後のくだけた会のことですね。この二つがセットになっているところが、日本文化の基本形らしいです。
おはようございます。
そうですね。二七会、近くだったら間違いなく常連になっているでしょう。(私も久美子さんも…)
お酒の券、いい方法です。後からの支払いだと面倒ですが、前払いなのでスッキリ。仲居さんに頼むときでも、飲みたくなったら券を渡して「お願いします」だけでOK。焼酎の場合は「芋か麦か」「湯割りかロックか水割りか」を指定すればOK。まあ、飲み放題がいちばんカンタンでしょうが、それでは飲兵衛と下戸は不公平。極めて合理的!
ちなみに、ビール700円、焼酎500円、清酒500円でした。
「なおらい」なるほど、神道からの由緒ある言葉なんですね~。こちらでも年配の人から聞いたことがあるような…。でも若い世代では使っていないようです。一つ賢くなりました。
お礼が遅くなりました。
二七会で盛り上がっていただきありがとうございます。
ホントに毎月来ていただきたいです。
また、都合がつけばよろしくお願いします。
久美子さん
堺番傘でお会いしました茂俊です。
ぜひ一度遊びに来て下さい。
完司さんより近いですから~
こんばんは~~~。
またまた、お世話になりました。カラオケまで付き合っていただきまして、サンキュー・ベリマッチでした。
おかげさまで、愉快なひとときでした。日頃、片田舎でくすぶっていますと、たまに行く繁華街の赤い灯青い灯が癒やしになります。
また機会がありましたら、お邪魔させていただきます。ありがとうございました。
久々に貴ブログを拝見しました。
中原諷人さんって、ジュニア川柳の先輩指導者ではなかったかと思います。鳥取県には、子どもたちに川柳を指導される、尊敬すべき方が多いと伺っておりました。たしか、1~2度、お手紙のやりとりはさせていただきましたが。
そうでしたか。哀悼。心からご冥福をお祈りします。
はい、元気な頃、ずっと鹿野中学校の課外活動の一つとして、川柳を教えておられました。鹿野の子供たちの作品は、しばしば全国大会などで入選を果たしています。
この生徒たちが、諷人さんの遺志を継いで、社会人なっても、川柳に取り組んでくれたら嬉しいことです。