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船上山

 

船上山 2

 

船上山 3

 昨夕、NHKのローカルニュースを観ていたら「船上山」が出て来たのでテレビ画面をパチリと撮ったのが上の写真。 船上山(せんじょうさん)と聞いただけで「後醍醐天皇」や「名和長年」の名前が思い浮かぶ人は、かなりの歴史通だろう。「ぜんぜん知らんな~」という人のために、ウキィペディアの記事をコピーして下に貼り付けました。もっと詳しく知りたい方は、「船上山」で検索してください。

南北朝時代の初めには、隠岐を脱出した後醍醐天皇伯耆の豪族・名和長年が迎え、船上山に行宮を築いた。後醍醐天皇方の名和長年と鎌倉幕府方の佐々木清高との間で激しい戦い(船上山の戦い)が繰り広げられた古戦場としても有名である。

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  1. てじま晩秋 on 2015年5月21日 at 6:16 AM :

    おはようございます。
    船上山、凄い崖ですね。―早速、検索しました。(後醍醐天皇のご尊名は知ってましたが)細部を勉強させて貰いました。大兄、昔のロマン、それが戦いでも…ときめきます。

    昨夕、しぞーかの若き川柳指導者・加藤 鰹君から久し振りにメールがあり、元気そうで嬉しかったです。静岡は青森と並び比較的若い川柳人が多く頼もしいですね。

    • 新家 完司 on 2015年5月21日 at 7:15 AM :

      おはようございます。
      そうですね、「天然の要塞」というところでしょうか。どのあたりで戦いがあったのかは知りませんが、屏風岩と称される断崖が連なっています。
      それと、後醍醐天皇を迎えた「名和長年」(なわながとし)を祀った神社が名和町(合併で大山町になった)にあります。

      はい、静岡も青森も若いエネルギーが満ちていて頼もしい限り。世代の違う彼らと知り合えたこと、親しくして貰っているのはネットのおかげです。それにしても、私自身、ずっと「若手だ」と思っていましたが、いつの間にかロートル組になってしまいました。歳月は超特急で飛び去ってゆきます。

  2. 加代 on 2015年5月21日 at 7:55 PM :

    「船上山の戦い」という歴史は聞いたことがありますが、それが琴浦町とは知りませんでした。隠岐の島へ流された後醍醐天皇にまつわるお話も岡山県側からもいろいろあって面白いですね。
    また、クライマーが「屏風をやる」というのは場所はそこなのでしょうね?
    島も屏風も行ったことがないので一度行ってみたくなりました。

    • 新家 完司 on 2015年5月21日 at 8:19 PM :

      こんばんは~。
      私が住まいする所は、「東伯町」だったのですが、隣町の「赤崎町」と合併して「琴浦町」になりました。そして、船上山は「赤崎町」のテリトリーなので、私にはあまり馴染みのない場所です。
      「屏風岩」って称される断崖は、たくさんありますので、クライマーの言う「屏風をやる」というのは、此処ではないと思います。

      本日は、第3木曜日で山陽カルチャーの日でした。これからアップいたします。

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