我が国でもすっかり定着した「母の日」は5月の第2日曜日で、今年は明後日の14日。ということで母に因んだ作品をご紹介。(写真:本日昼前散歩にて。キレイに植えられているのは飼料用トウモロコシ。メチャ早い成長ぶりをときどき定点観測でご紹介します)
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母の日に何が欲しいか言わぬ母 岩名 進
・娘であれば、母の好みぐらいは心得ていて喜ばせることも出来るが、気まぐれにしか顔を出さない息子には無理なこと。で、野暮ったく「母の日のプレゼント何がいい?」などとケータイで訊くのだが…。母としても、本当に欲しいものなど何もないのだ。やさしい言葉をかけてくれるのは嬉しいが、「お前が元気でいてくれさえすればそれで充分」「プレゼントを買うお金で、おいしいものでも食べなさい」という想い。 ・洋の東西を問わず、母は自分を犠牲にしてでも、子供のことを最優先で考えている。だからこそ「母の日」が生まれ、「せめてその日だけでも感謝の気持ちを」というのであるが、奥床しい母が多い我が国ではスムーズに運ばない。〔川柳マガジン・2012年5月号より転載〕
消えそうな母と大きな虹を見る 居谷真理子
・病室の窓を開けて「お母さん、ほら大きな虹よ!」と語りかけている様子が見えるようである。希望の象徴のような虹も、その存在は束の間のことであり、肩を抱いて一緒に見ている母のいのちもまた「消えそう」なのだ。 ・ ・同時期に発表された句で《ここで死ぬ 母が初めて我を通す》がある。わがままを言ったこともない気弱でおとなしい母が、「もう、どこにも行きたくない。長年暮らしたこの家で、娘に看取られながら…」という切実な想いを精一杯の力で通したのだ。母もまた自分のいのちがいくばくもないことを悟っていたのだろう。 ・後日発表された《天上の白は母なる人の骨》は、ついに消えてしまった母への鎮魂歌。〔川柳マガジン・2012年5月号より転載〕
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