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2日目の朝市見学(その1にてご紹介)のあと、メコン河クルーズ。日本の5月のような明るい陽光と爽やかな川風に吹かれて、すこぶる快適! 船は写真下のように細長い形状で、椅子は船べりに沿って両サイドに1列。この写真の船の大きさが標準?だが、もっと長いのもあった。青い色でカバーされたところにトイレがある。それぞれ貸し切りで、すれ違う船には客が3名だけというのもあった。私たちが乗ったのもこの写真ぐらいの大きさ。定員25名ほどに14名(日本からの13名プラス現地ガイドのポンさん1名)で、1時間30分ほど、ゆったりと楽しめた。

細長い舟

 

クルージング舟、こちらを優先

 

途中、下舟して、バクオウ洞窟へ。急な石段を上がった洞窟内には、大小様々な仏像が安置されて、花などが手向けられていた。下の写真は、洞窟内からメコンの船着場を観る。舟を舫っている細長い桟橋は、太い竹を土台にして、その上に竹帯を編んだもの。このように、竹はあらゆるものに利用されている。自分でも「作ってみたいな~」と思ったのは竹製のハンモック。木の枝に吊るすのではなく、大きな土台の両側を釣り手にした形状。土台は太い竹を組み合わせ、ハンモックのネット部分は細い竹帯を編んでいた。このような手作りは大好きなので、時間さえあればチャレンジしてみたいが、現在は川柳ワークに追われているので実行は無理。

洞窟の仏像優先

 

洞窟からメコンの船着き場を観る

 

話は前後するが、焼酎を作っている村や織物や紙漉きの村にも立ち寄って見学。皆さんそのつど、お土産物を買い求めていた。 私も試飲させてもらった米焼酎(55度)のボトルケース(ボトル外面を細い竹帯で編んだもの)が面白かったので1本ゲット。写真では小さく見えるが、容量は700mlほど。

 

米焼酎55度

 

夕刻、夕陽を楽しむ絶好の丘。ルアンパバンの街を見おろすプーシーの丘へ。石段をゆっくり上って頂上へ。丘の上では欧米系やアジア系、いろいろな国の人たちが混ざって、夕日を待っていた。3枚目の写真はプーシーの丘から眺めたルアンパバンの街並。ここまで上るには石段327段。傷めた右膝を庇いながら「金毘羅さんやったら、カゴがあるのにな~」と、冗談を言いながら、途中3回ほど休んで、何とか頂上まで登れた。メデタシ!

夕日を待つ人々

 

プーシーの丘とメコン川

 

プーシーの丘と街並み

 

上記プーシーの丘からの帰路、集合場所から夜店(ナイトマーケット)の赤テントを眺める。このテントの店は午後10時頃まで。朝にはきれいに片付けられている。客はほとんど観光客と思われる。テント通りを過ぎると、宮崎駿のアニメに出てきそうなエキゾチックな街並みが続いていた。(写真下)

アカテント

 

宮崎駿のアニメ町

 

夕食はディナーショウ―を楽しみながら郷土料理&ビールとワインをガンガン。これまでの例では、夕食後、各自のホテルの部屋を持ち回りで「居酒屋」を開くのだが、皆さん相応に歳を重ねられて(私もだが)、夜にはかなりお疲れ。誰からともなく「本日の居酒屋は中止」ということで、おとなしく就寝。

ショー1枚目

 

ショー2枚目

 

IMG_5397

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 ラオス(その2)”にコメントをどうぞ

  1. take on 2015年2月8日 at 9:43 PM :

    先生、ご無事の帰国、楽しまれたようで何よりです(^^)/
    ルアンパバンに行こうとして病院騒ぎで断念したことからも、先生が羨ましいです(^o^) きれいなところですね☆
    メコン川沿いの屋台で飲んだ(舐めた?)ビアラオ、懐かしく思い出します。
    練乳がかなり厚い層でコップの底に沈んでいる、苦くて甘いラオスのコーヒーに嵌まって、毎朝屋台のカフェで飲みました。フランスパンにハム(?)らしきものを挟んだサンドイッチがお伴でした。
    卒業式は、ラオスの女性が身につけている長い丈の巻きスカートを履きました。それもあって、思い入れの深い国です。素敵な写真をありがとうございます(^o^)

    • 新家 完司 on 2015年2月8日 at 10:23 PM :

      こんばんは~。
      はい、世界遺産の街ルアンパバンは、敢えて日本の街に例えれば奈良という雰囲気でしょうか。落ち着いたいい街です。あなたの大学卒業旅行といえば、○年前?、現在でも日本からの旅行者は少数派ですので、よくも思い切ったことだと感心します。しかも1人旅で! 途中で断念せざるを得なかったこと、いずれ機会を見つけてリベンジしてください。
      キリッと冷えたビアラオは飲みやすく旨かったけど、コーヒーは苦くて、いつも半分以上残していました。酒類はいつも通りガンガンやりましたが、食べ物は胃にやさしく消化の良さそうなものを選んで食べたりして、下痢には細心の注意を払いました。おかげで、用意して行った薬「ストッパ!」の世話にならずにすみました。

  2. 伊田 網人 on 2015年2月9日 at 9:23 AM :

    おはようございます。遅くなりましたが、ご無事での帰国何よりです。外国へのご旅行も本当に例のテロ事件以降、非常に物騒になりましたね。

    • 新家 完司 on 2015年2月9日 at 10:49 AM :

      ありがとうございます。ほんとうに、テロや飛行機事故やエボラ熱やら、物騒なことだらけの世の中。何事もなく無事に帰国できて何よりでした。まあ、海外旅行もたぶんこれが最後だと思います。これからは国内旅行に切り替えです。

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