大山滝句座は、通常第三日曜日が例会日だが、明日、私の都合が悪いので、まことに勝手ながら、本日にさせていただいた。松江から5人もご参加いただき、賑やかな会になった。御出席くださいました皆様ありがとうございました。
【大山滝句座 6月例会】 出席24名、欠席投句2名。
神さまはなんにもしないのが普通
たいがいの家には窓がついている
居酒屋でヒト科について勉強中
自宅には帰る普通の酔っぱらい
ヨメハンの小言は豆腐屋のラッパ
名案はないかゴミ箱のぞき込む (他5句)
写真のパンダは、6月8日、桂林にある「パンダ研究センター」にて。ここには3頭のパンダがいるが、1頭は飼育小屋から出て来ず、ガラス越しに写したが、フラッシュが反射して、うまく撮影できず。この写真は、外に出ていた2頭。パンダの顔はあまり可愛くないが、コロコロ動いたりする仕草が、にんげんの赤ん坊に似ていて可愛い。子供のパンダだったらもっと可愛いだろうが、ここにはいなかった。
あと2枚は、翌日の漓江下りにて。大きな観光船が連続して下って行くので、船を入れないように景色を写すのが一苦労。ここには、欧米人の観光客もいっぱい。漓江下りは5時間あまりかかるが、半分過ぎた辺りからは、風景も平凡になってきて、船室で酒を喰らってばかり。そこを狙って、土産物を売るネエチャン2人が来て、カタコトの日本語で巧みに売りつけてくる。大笑いしながら、丁々発止の遣り取りがあって、結局負けるのは酔っぱらい。私が観察しただけでも、合計で6~7万円は使っているだろう。連れの一人などは、2万円のブレスレット(猫目石という触れ込みだったが、怪しいものである)を1万円に値切って買っていたが、原価は千円もしないのではないか。まあ、みんな使うつもりで持って行ってるので気前がいい。ネエチャンにしたらいいカモである。私は、家内から『中国の土産は要らない。ご近所には仙台の笹蒲鉾がいい』と、念を押されていたので、冷やかすだけでほとんど買わなかった。
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完司さん、お帰りなさい。
そして、お疲れさまでした。
芳山さんといい子して留守番をしてましたよ。
留守番しながら「アメリカ橋」の練習もしました。
出雲で披露しましょうね。
かずおさん、
は~い、元気ですよ~! でも、帰宅してからずっと、デスクワークに殺されそう。
今月いっぱいギッシリ。チョモランマのように聳え立っている。けど、焼酎パワーでガンガンやっつけ中!
「アメリカ橋」OK!OK! 例によって、かずおさんが1番、俺が2番、2人で3番と、ゆーよーにやりましょう。楽しみにしています。
今日戴きました、お忙しいのにありがとう!早速仏壇に漓江の風景を飾ります 父は病床で私がわかやま吟社の年間賞をもらったことをとても喜んでくれて…、その次の月、3月23日に亡くなりました もう7年になります
ではまた!瓦版でお待ちしています
ちちははを森の蛍にしてしまう あきこ
あきこさん、
おはようございます。お父上が遺された水墨画の桂林は良いところです。是非、訪れてください。
ヒコーキが苦手とのこと、私は大好き。新婚旅行で宮崎へ行ったのが最初、以来、アバウトで60回ぐらい乗ってるけど、いつも快適。
ただ、今回、桂林から上海へ戻るときに乱気流に遭遇、メチャ揺れて、ちょっとビビりました。
やっと晴れましたがすっきりしない大阪です。
「パンダ]可愛いですね。
上海で何時に飛ぶか解らない長沙行きの飛行機をまつ間に、動物園で見ました。
私は、大阪府友好訪中団として、平成4年9月7日〜12日、上海、長沙(追悼)。衡陽(兄の戦死地追悼)。桂林(漓江の川下り)、芦笛岩、七星公園など、肉親の戦死地へ慰霊の旅を兼ねて観光しました。
約20年も昔で上海の変わりようには目を見張ります。長沙では飛行機を見るのに大人も子供も柵に摑まっていました。重陽の月を上海の街から眺めたこと、兄の戦死地で「小石」を拾ってきた事など一杯思い出します。
「百円呉れ」と、バスを取り囲む子供達に「絶対遣らないでください」と厳重注意のあった時代です。ホテルもトイレも酷いものでした。真っ暗なガタガタ道を長い時間バスに揺られて走りました。日本軍がつけた道だそうでした。
それから何度も海外には出ましたが、中国には行かずに終りました。
ご旅行記で、昔を懐かしんでいます。愉しかったこともあったのですが、どうしても重い記憶が甦ります。戦争をくぐった者の悲哀でしょうね。
続いてのブログ楽しみに致します。ボツボツながら暮らしております。
ご無理なさらずにお過ごし下さいませ。有難うございました。 千歩
千歩さん、
衡陽は兄上戦死の地ですか、さぞかし感慨深いものがあったでしょう。
上海はこれで三度目ですが、その凄まじい変貌ぶりには、来る度に驚かされます。
今回でビックリしたのは、「リニアーモータカー」でした。日本ではまだ実験段階で、いずれ、東京と名古屋を45分で結ぶそうですが、上海では30キロ離れた町から空港までを7分で走っていました。バスの窓から写真を撮ろうとしたのですが、アッという間に走り去って、写せませんでした。時速430キロとのこと。
また、上海から伸びている高速道路も片側4車線。乗用車の速度制限は120キロ、バスやトラックは100キロなど等、日本とはケタ違い。
チャイナパワーを、いたるところで見せつけられた旅行でした。
ただ、このような高度成長の恩恵を受けているのは、12億の民の内、せいぜい2億人足らず。あとの10億人余りは、まだまだ底辺で虐げられた貧しい生活を送っているようで、矛盾の多い国のようです。