写真右: 雪に埋もれた奥津温泉街。
写真左: 奥津を抜けたあたりで、ようやく青空が見えた。
津山までは普通なら1時間40分もあれば充分であるが、峠の雪を考えて、7時40分に出発。案の定、人形峠のトンネル前後10キロほどは圧雪に加えて吹雪。
油断していてトンネル手前でスリップ、瞬間コントロール不能で対向車線にスーと出てしまった。幸いにも対向車がなかったので大事には至らなかったが、肝を冷やした。以後、セコンドに落して徐行。奥津温泉の「道の駅」あたりからようやく路面が現れてホッと一息。
それでも、葬儀会場には9時30分に入れた。9時45分ぐらいまでに来られた人は会場に入れたが、それ以後の人はロビー。というほどたくさんのお見送り。校長まで勤め上げた教職の人脈と、弓削川柳社を通じた人脈であろう。
帰路、午後1時過ぎ、路面の雪はすべて消えていてスイスイ。人形峠のトンネル前後の雪も消えていて、朝の圧雪がウソのよう。やっぱり「峠越え」は、やむを得ぬ場合以外は昼間に限る。
帰宅してから、川柳塔社から依頼の「追悼文」にとりかかり、先ほど完了。郵便局まで往復200メートルほど駆け足で投函。今日は散歩をしていなかたので、これが唯一の運動。
このようにして、平成二十年の大晦日は暮れて行く。
みなさま、どうぞ良い年をお迎えください。
そして、来年もまた、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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