


・今日、調べることがあって、川柳展望誌の創刊号を引っ張り出してぱらぱら。ページを捲っていると、懐かしい名前があちこちに。40年以上前のことをあれこれ思い出した。私が川柳塔社の同人になったのは昭和59年(1984年)。その1年後の昭和60年(1985年)に川柳展望の会員になっている。そして、私の作品が川柳展望に載ったのは第42号(昭和60年8月1日発行)から。そのとき、天根夢草さんに「創刊号から41号までのバックナンバーを購入したいのでお送りください」とお願い。送られて来たのは、3号から41号までで創刊号と2号は無かった。同封のメモによると「頑張って探しましたが1号と2号がありません。今後、もし出てきたらお送りします」と書かれていた。
・それから、数か月後に送られてきたのが、写真2の創刊号(昭和50年5月1日発行)と2号(昭和50年8月1日発行・季刊)。同封のメモには「やっと出てきました。しかし、背表紙も傷んでいて汚れもありますので、代金は不要です」と書かれていた。ページを捲ると、1ページ目に丸山弓削平さんのー言葉ーという表題の文章(写真3)。確かに背表紙は傷んでいるし、表紙も写真のよういシミがあるが、中身は落丁もない。実に51年前の記念誌。今となれば「貴重なお宝」ではないか?
・本日、朝から快晴~~☀ 最高気温も15℃ほど。風も無く散歩をしていても快適だった。写真1は総合公園の冬木立。明るい陽を浴びて、ほんわか春の彩になっていた。〔仕事&歩数〕しんぶん赤旗「読者の文芸」選考&PCインプット。7,955歩。
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完司さん
ひざポン最近は珍しく「1」でした。なんかめでたい。
「川柳展望」我が家にも相当古いのからずらずらと揃っています。どなたかにいただいたと思うのですが思い出せません。
流石に創刊号などはありませんが、大切にしています。
ちなみに「川柳大学」は創刊号から揃っています。
川柳すずかも無理を言って創刊号から揃えました。
紙の本はええ。紙の温もりと、肉筆のページ。
捨てられません。
川柳塔誌は同人になってからのものしかありませんが、川柳展望誌は上記のように、創刊号から最近号まで総て揃っています。
川柳大学に在籍したのは3年ぐらい?だったでしょうか。冊子はすべて失くしています。ただ、今でも残しておきたかったと思う冊子は、新子さんの依頼で柴田午朗さん宅へお伺いしてインタビューした記事が載ったもの。何号かは忘れましたが…。もし、その記事が分かりましたらコピーしてお送り下さいませんか。ご多忙なのは充分に承知していますので、急ぎません。「さて、何をしようかなあ~」とアクビが出るぐらい暇なときにでも、思い出してください✌
完司さん
探せそうな時間を見つけて探したいと思います。
だいたい何号? 創刊してから何年くらいか分かりますか?
ありました。
9号、表紙にきちんと載っています。5ページにわたっています。
コピーして郵送します。
お待ちくださいね。
ワッ、ありましたか! 嬉しい~🌸 お手数をおかけしました! 楽しみに待っていま~~す✌🌸
多分、創刊してから2年前後?だと思います。記事は私が撮った写真を、数枚含めて4ページぐらいだったと思います。
お宝です。おそらく北上市の日本現代詩歌文学館にも保管されてないのではないでしょうか(未確認)。次世代へ読み継がれるように保管されることを期待します。
ありがとうございます。惚けない内に、末永くしっかり保管してくれる譲渡先を決めて、散逸せぬように致します。