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今朝、目覚めたとき、ふと「三鈷さんが亡くなったのは、今の時期では?」と思った。ベッドの脇の書棚から【住田三鈷遺作集】を取り出して奥付を見ると、平成2年4月30日米子市で死去となっている。昨日は三鈷さんの命日だったのだ。平成2年は1990年で35年前のこと。【川柳展望60号山陰大会】が松江のホテル一畑で開催されたのは同年4月8日。その大会の総合司会を務めた三鈷さんは、それから三週間ほどでくも膜下出血で倒れて急逝。同年8月1日発行の川柳展望62号の巻頭【新子作品】【三鈷死す】と題して、30句総て三鈷さんのことを詠っている(写真。マーカーは私が付けてしまった)。

また、同誌の後ろの方(115頁)には天根夢草さんが、やはり三鈷さんの死や葬儀について詠った句を30句載せている。その中程に「葬式の司会の完司 まちがえる」がある(写真)。これは、三鈷さんの葬儀当日、急に司会を依頼されて強行。お寺さんから「一般焼香に移るときには合図しますから…」というので、お寺さんの動きをジッと観察。これだ!と判断してマイクでその旨言ったら、お寺さんが慌てて振り向いて「まだ!」という身振り。35年も前のことだが、今もハッキリ覚えている。住田三鈷作品は秀句の条件(新葉館出版)15頁に「不遇なり海に向かって首鳴らす」を掲載。

本日、予報通り最高気温25℃を超える夏日。昼前散歩も夕刻散歩もシャツを腕まくりして快適。総合公園の立木はどれも新緑が輝いていた(写真)。〔仕事&歩数〕センマガ向け「名句鑑賞」。7,366歩。

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