Loading...Loading...

 

 

 

 

 

写真は、麻生路郎が創刊した【川柳雑誌】の大正14年10月号(第21号)で、写真の左端の真ん中の表紙写真。この表紙では解り難いので、【川柳塔誌電子化事業】のサイトから同号を開いて撮ったもの。剣花坊は1870年(明治3年)生まれ、路郎は1888年(明治21年)生まれ。剣花坊の方が年上なので、このブログの掲題も「井上剣花坊と麻生路郎」とすべきところだが、路郎が主宰の川柳雑誌の表紙なので敢えて、このように表示させていただいた。(写真の左が剣花坊。右が路郎)

電子化されたこの川柳雑誌第21号の10ページに「剣花坊来たる」と題した記事あり()。このままでは読みにくいので書き直すと【九月十五日夜柳界の先進、井上剣花坊氏、大連よりの帰途本社に立ち寄られた。同夜は本社一泊、翌十六日主幹路郎氏の案内で六甲苦楽園大観楼へ、その夜は珍客剣花坊氏、主幹路郎氏の他に、同人二柳子、莢豆、刀三の諸氏と共に親しく句箋を手にした。】

ちょっと驚いたのは「六甲苦楽園」という記述。私が勤務していた会社も六甲のその近辺に山荘があり、しばしば泊りがけで宴会していた。まあ、剣花坊や路郎が逍遥したとき(1925年)から50年も後のことではあるが。

写真はこのブログ記事のきっかけになった【川柳雑誌・川柳塔100年の記録】桒原道夫編集。興味深い記事多々あるが、見て楽しいのは、写真の【表紙で見る100年】。同誌の7ページから14ページにかけて。創刊号から令和6年10月号までカラーで掲載されている。これを見ると前田尋師の「切り絵」は平成17年8月号からと分かる。

この100年の記録誌は、今年の川柳塔100周年記念大会の出席者に謹呈された。興味深い記事が満載だが、95周年記念事業によって立ち上げられた【川柳塔誌電子化】のガイドの趣もある。この記録誌を片手に電子化のサイトを開くと、いくら時間があっても足りないぐらい奥深い歴史を覗き見ることができる。ご希望の方には頒布していますので塔社事務所までお申し込みください。【川柳雑誌・川柳塔 100年の記録】A5版 440頁 頒価3,000円(送料共)

本日、山陰の冬場にしては比較的穏やかだったが、散歩すると寒かったので少し駆け足を混ぜてブラブラ。〔仕事&歩数〕某氏の川柳句集書評。7,332歩。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

麻生路郎と井上剣花坊 ~ 川柳塔100年の記録より”にコメントをどうぞ

  1. 由紀女 on 2024年12月30日 at 8:38 PM :

    完司先生こんばんは。
    今日は暖かい一日でした。仕事ができました。
    マガジンてが届きました。ありがとうございました。いいお正月を迎える事が出来そうです。

    • 新家完司 on 2024年12月30日 at 10:40 PM :

      こんばんは~、はい、ちょっと寒さが緩んだ感じでしたね。週間予報でも4日までは⛄が出ていないので穏やかな正月になりそうです。どうぞ良い年をお迎えください✌✌

新家完司 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K