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本日朝7時50分出発にて鳥取市の「まなびや川柳会」へ。道中ずっと小雨だったが渋滞もなく、8時50分に鳥取駅南の駐車場着。高齢者福祉センター2Fの会場へ。

   【まなびや川柳会6月句会】出席19名。投句2名。私は「眺める」の選。

   長生きの秘訣和食と平和ボケ

   ひとりでは出来ぬ愉快になるプラン

   無防備な口をシャッターするマスク(他)

終了後、駐車場を出たのが11時10分。寄り道せず降り止まぬ雨の中を真直ぐ走って12時過ぎに帰宅。

一昨日の夜、NHK総合の歌番組に芦屋雁之助(2004年72歳で死去)の懐かしい姿。雁之助といえば「裸の大将」の山下清が当たり役だったが、私はすぐに「よしこちゃん」のことを思い出した。「よしこちゃん」は中山良子さんで雁之助の最初の奥さん。私が小学3年生(9歳)ぐらいのとき女子高生で、拙宅の真ん前に年配の両親と住んでおられた(養女だった?)。朗らかな元気者のよしこちゃんは私を可愛がってくれて、宿題を見てくれたり遊び相手になってくれた。当時17歳(推定)とすれば私とは8つ違いということになる。よしこちゃんは女子高を卒業すると大阪か東京へ働きに出てそれ以来会っていない。

中山さんのご主人が亡くなられたとき、奥さんが「主人が集めていたものです。捨てるのは勿体ないので貰ってください」と持って来てくださったのが、写真2・3のマッチのラベル。まだいっぱいあって、ザッと数えると1500枚ほど。几帳面な性格だったようで、絵柄が同じでも背景の色や字体などが違うものはキッチリ集めて並べておられる。中国の絵柄が多いのは日本製のマッチの評判が良くて満州などへの輸出が多かったとのこと。

よしこちゃんが雁之助と結婚したというのは、おふくろたちの井戸端会議の情報だったので、ずっと「ほんまかいな?」と思っていた。で、昨夜、芦屋雁之助で検索してみたらウィキペディアに次の記事があった。1960年3月1日、大村、小雁とともに、当時としては極めて珍しい3組合同による『テレビ結婚式』を挙げている。最初の結婚相手は元・OSミュージックのダンサー・夏丘梨枝だったが、その後離別している。】

井戸端の噂が事実であれば、この【夏丘梨枝】こそ「中山良子」ではないか?1960年といえば私が18歳のとき。8つ違いであれば、よしこちゃんは26歳のとき。1931年生まれの雁之助は29歳のときである。試しに夏丘梨枝(中山良子)で検索すると、上記の「テレビ結婚式」の記事があり【 崑 カンツォーネ歌手 橘瑤子  雁之助 夏丘梨枝(中山良子)  小雁 佐久間和美 】と、それぞれ結婚相手の名前が載っている。やっぱり夏丘梨枝は中山良子だった。それにしても、あのよしこちゃんがOSミュージックのダンサーになっていたとは思いがけないことだった。ご健在なら86歳?まだピンシャンされているだろう。

本日、昼前散歩は出来ず。夕刻、雨は止んでいたが降りそうな曇天だったので傘を持って散歩。写真は夕刻散歩からの帰途、水田で仲良く餌をついばんでいた白鷺。     〔仕事と歩数〕まなびや出席&大山滝句座句箋の段取りなど。3,445歩。

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まなびや川柳会 ~ 9歳の頃の思い出”のコメント欄です

  1. みこぽん on 2023年2月19日 at 11:17 AM :

    なるほどだ思うところがあります。ここには書けないことなので以下のメールアドレスにメッセージくださればお伝えしたいことがあります。

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