本日、義弟の葬儀。「尼崎市の妹宅にて12時より家族葬」とのことで、7時30分に家内と2人で出発。尼崎なら3時間半もあれば充分だが、遅れてはいけないので余裕を持って。ゆっくり安全運転で走ったが、渋滞もなくスムーズに進んで、11時過ぎに到着。お寺さんが来られるまで、参列の親族8名で思い出話など…。人工骨の手術を受けた弟も元気な顔を見せて「まだ少し違和感はあるが、順調に回復している」とのこと。
12時にお寺さんのお参り。読経の良い声を聞いている間に眠気…。後ほど家内から「コックリしていた」と言われて…。そう言えば2回ほど覚えあり。私の3倍ほど優しかった義弟なので許してくれるだろう。葬儀終了後、斎場へ(尼崎市立弥生ヶ丘斎場)。一部始終を見ていたが…。火葬場の窯のボタン、昔は喪主が押していたように思うが、ここでは係員の方が丁重に一礼をしてから押していた。まあ、誰が押しても結果は同じではあるが…。骨あげまで2時間ほどかかるとのことだったので、皆さまに挨拶をして、ここで失礼。別れ際、妹に「寂しくなったけど、元気出せよ」と言ったら泣いていた。 ・読経中にコックリしたおかげで眠気も催さず、加西SAでトイレ休憩しただけで真っ直ぐ走って午後6時に帰宅。写真は加西SAの「仲良しベンチ」。「お疲れさまでした。寂しくなりましたね…」と言っていた。
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<チコちゃんに叱られる>
「ねえねえ岡村ーこの中で読経を聞いていて、どうして眠くなる
のか、知っている人は誰かな?」
「そりゃ坊さんだろー。坊さんは、絶対に読経中眠らないよね」
「そこには種があるんだ」
「何?」
「木魚は、お坊さんを眠らさないため魚の形をしているんだって」
「へえー」
「あの音韻は眠くなるよね。だから読経を読みながら欠伸を殺し
ている坊さんもいるそうだよ」
※ そこでお坊さんの、経験豊かな答え
お経を聞いて眠くなるのは、仏様の懐にいだかれてうつらうつら
するのと同じなのだから、ムリして起きていなくてもいい、と
アリガトウゴザイマシタ (*- -)(*_ _)ペコリ
そうですね、「眠くなる」というのは、心が解きほぐされて、何の心配もなく、敵意もなく無防備で、すべてを許して、安心している状態。これは「お経の功徳」であり有り難いところでしょう。
ということは、「お経を聞いている人がコックリする」のはお寺さんにとっては、「やったぜ!」と嬉しいことに違いありません…(ちがうか…(-_-;)?
完司さん
句会に出る寸前です。走り書きですみません。
義弟さんのご冥福をお祈りするとともに
完司さんより3倍も優しい人って…
この世にいてはるんやね~
義兄も優しい人やったから早世された。納得
完司さんも気を付けてくださいね~。
行ってきます。新年会でございます。
はい、怒った声を聞いたこともなく、怒った顔を見たこともありません。私と違って、無口で物静かな男でした。
息子が2人。孫も2人(男子と女子)いまして、メロメロでした。その孫とは小学生の時に会ったきりでしたが、今は2人とも大学生。ビックリポ~~ン!