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書棚を改造する前に、蔵書すべて隣室に移動。先日、延長完了し、ペンキも乾いたので、今朝から本を書棚に戻す作業開始。
ついでに「断捨離」決行。「死ぬまで目を通すことがないであろう本は捨てる!」と決意。したけれど…、どの本も手に取ってみると捨て難い。もちろん、個人句集は捨てられない。ぺらぺらの柳誌でも、編集のご苦労を思うと捨てられない。で、結局、捨てると決めたのは川柳とは無関係の本ばかり。
整理の途中、石部明さんの句集を読み返したり、各柳誌のバックナンバーをキッチリ並べたり。うだうだやっていたら、夕方になってしまった。本日は雨天ということもあって、とうとう一歩も家から出ず、散歩にも行かなかった。

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   本は、捨て難い  ”にコメントをどうぞ

  1. あきこ on 2012年10月30日 at 8:21 PM :

    あきこもずっと家にいたにゃん。(大先生ににゃんはやめろと身内(?)に言われているんですが…)
    石部明さんのことで、なんだか茫然自失(?)。元気に生きておられればアラサガシもできたのに…(結局、ファンだったんでしょうね。先生もあきこも)。
    先生のここ数日のブログやコメントを読んでいて、そう分かりました。

    • 完司 on 2012年10月30日 at 9:36 PM :

      そうですね。話している途中で中座して行かれたような、中途半端な気分。話すべきこと、議論すべきことがいっぱい残っているのに…、というような気分です。

      今夜はおしんからのお誘いもないので、晩酌を済ませてから、1時間ほど片付けの続き。ベッドの下を久しぶりに覗いたら、わたぼこりいっぱい。掃除機で吸い取ったところです。しかし、わたぼこりというのは不思議なものですね。人がいない空き家にも溜まります。どのようにして生まれてくるのでしょう。ひょっとして「過ぎ去った時間の糞」かな?

  2. 楽生 on 2012年10月31日 at 8:50 AM :

    断捨離の実践者から申しあげます。

    本についての断捨離は将来を考えるのではなく、過去を顧みることだと思っています。
    つまり、将来読むであろう本を残すのではなく、過去1年間に読んだ本、読み返した本のみ残し、その他はすべて断捨離することです。
    その本が戴きものであっても、高価なものであっても、「読みました、ありがとう」と言って断捨離することです。
    そのお蔭で、読みたい本、探している本がすぐ見つかり快適です。
    世界に1冊しかない本以外は、国立国会図書館などに行けばほとんどあります。
    大切なことは本を手元に残すことではなく、その本から何を得たか、何を実践しているかだと思います。

    僕は「今使っているもの、思い出、お金」以外はすべて断捨離をしています。
    ごく稀に困ることがありますが、ほとんどがお金で解決できます。
    それ以上に断捨離で、必要なものはすぐ見つかるし、快適な自分の空間ができて、健やかな生活を営んでいます。

    長々と書き込み申し訳ありませんでした。

    • 完司 on 2012年10月31日 at 12:40 PM :

      ありがとうございます。
      なかなか思い切った断捨離ですね~。確かに、それぐらい割り切らないと片付かないのかもしれません。
      でも、それは一般的な書籍で、個人句集となると、そこまでは割りきれません。昨日も整理をしながら、亡くなられた方々の句集を開いて、しばし、在りし日の面影を偲んでいました。

  3. たかこ on 2012年10月31日 at 12:41 PM :

    私も捨てられません。というより捨てません。楽生さん、ごめんね。
    まだ古本屋で買ったり、人がいらないという本を引き取っったりしています。(川柳に限らず同人誌も毎月どんどん溜まります)

    たまたま今の家を建てるとき、主人の従兄弟が大工だったから、本の代理店を始めていたこともあって、二階も本を積みあげても大丈夫なように建ててもらいました。
    編集をしていると、絶対にまた必要になります。図書館も行きますが、返却がめんどいものです。

    人に気楽に貸しては困ることがあります。でも誰に貸したか分からなくなります。最近では要返却と付箋をつけています。
    本に埋もれて死ねたら本望だわなーんちゃって。

    • 完司 on 2012年10月31日 at 2:24 PM :

      その代理店、学研さんのでしたね。拙宅(こぎれや)は、学研の倉吉代理店から依頼されて、琴浦町内の配達をしていました。購読者ごとに仕分けするのが面倒でしたが、おかげで町内の隅々、山あいの集落の狭い道まで覚えました。(今はやめています)

      たしかに、書籍には他の物体には希薄な、心の拠り所のようなものがあります。特に、小論を書く場合などは、古い句集などの資料が必要になることが多く、個人句集や柳誌は捨てられません。もちろん「すずか」も、しっかり保存しています。

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