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今朝の訃報欄を見ていて「エッ!」とびっくり。K・Tさんが亡くなられている。住所も年齢(60歳)も一緒なので本人に間違いない。
K・Tさんとは、もう30年ほど前からの知り合い。某問屋の営業マンで、当店にも毎日のように顔を出してくれていた。当時は百均の店もなく、大型マーケットも少なかったので、拙宅も結構繁盛していた。
ところがある日「陶芸に進もうと決心しました、これから窯元に修行に出ます」と退職の挨拶にこられて驚かされた。すでに結婚されていたので、奥さんが良く理解されたものだと、夫唱婦随の仲の良さを冷やかしたりしたものである。何年かの修行を経て、琴浦町内(合併前の赤碕地区)に窯を作って独立された。そして、「窯出し第一号です」とプレゼントされたのが、上の写真の「ぐい飲み」。(大きさが分かりやすいように、箸置きと愛用の箸を配した) 同じデザインで、大きさが少しずつ異なるのを3個セットで頂戴した。が、その中の一番大きいのを、10年ほど前に取り落として壊してしまった。最近は焼酎の湯割りばかりなので出る幕はなく、戸棚でおとなしく2個並んでいる。
それにしても60歳は若すぎる。どうされたのだろう? 同じ町内ではあるが、拙宅からは車で20分以上も離れた山里なので、なかなかお会いする機会がなかった。最近お目にかかったのは半年ほど前?だったか? 何かを買いに来て下さったが、何だったか忘れた。悪い病気に罹っているようにも見えなかった。そのとき「いま、窯は止めています」と言っていた。このような田舎町で茶碗や皿や湯呑を作っているだけでは生活できなかったのだろうか。誠実でおとなしい人柄だったので、売り込みが苦手だったのかもしれない。ともあれ、こころからご冥福をお祈りしたい。そして、形見になってしまったぐい飲み2個、大事にしなければならない。

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  形見の、ぐい飲み”にコメントをどうぞ

  1. あきこ on 2012年8月14日 at 11:01 AM :

    にゃ~ん(こんどは猫かい!!)
    そうですか。あきこと同じような年のかたですね~。
    うまくいくかどうかはさておき、好きなことを最後にしてから逝かなくちゃ…、そういう意味で夢を追いかけることのできたそのかたはよかった。
    奥さまもよくできたかたですね~。(完司先生のところの奥さまみたいですね~、想像ですが)
    いつ逝かなければならないかわかりませんので、そのかたもあきこも(完司先生も?)しっかり獏をやっているんですよね。ではまた。

  2. 完司 on 2012年8月14日 at 12:42 PM :

    そうですね。営業マンから陶芸家に転身するときには、一大決心だったでしょう。もしもそのとき、奥さんが止めたり、安全第一を考えて夢を諦めていたら、ずっと悔いを残したままの人生になっていたでしょう。
    成功したか、こころざし半ばであったかは結果論。どのように生きたかが重要。もちろん、その生き方をサポートした奥さんも偉い。寂しい山里までついて行ったのは、ご主人を愛していたからこそ、でしょう。
    私の家内のバアイは、「愛」というより「あきらめ」です。何を言っても聞かない、ということを、ようやく、分かってくれるようになった、ようです。

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