本日、終日「愛染帖」の選&PC打ち込み。(今月の応募者269名。入選者140名)作業はまだ少し残っているが、明日の昼には完了予定。今回のは11月号掲載のためアップできず。9月号掲載からベスト10をご紹介。
【 川柳塔 9月号掲載 愛染帖 】 ベスト10
意地悪の度合いを競い合うテニス 大阪市 髙杉 力
(評)手が届かないところを狙って打ち込む意地悪さ。言われてみると、卓球や野球やサッカーなど、球技は意地悪の競い合いだ。
家庭内別居トイレで鉢合わせ 神戸市 松井 文香
(評)お互いを尊重し合ったプラス思考の別室暮らし。だが、トイレが同じでは何かと不都合。トイレ増設のリニューアルをしよう。
ライバルがライバルらしい顔で来る 佐賀県 真島久美子
(評)ふてぶてしく小憎らしい面構え。相手もそのように思っているだろう。強敵がいてこその刺激的人生。ありがたいことである。
ゆで玉子むけばつるんと死んでいる 神戸市 德留 節
(評)無精卵で孵化しないとは分かっているが、「死んでいる」と言われると不気味。これから茹で玉子を剥くたびに思い出すだろう。
おとなりの犬の命日書きしるす 東京都 川本真理子
(評)よくなついた可愛いワンちゃんだったのだろう。しかし、命日を記録してどうするのか。一周忌にお供えでもしてあげるのか。
難しさ習って分かる阿波踊り 札幌市 三浦 強一
(評)阿波踊りなんて簡単と思うが、実際に「右手右足を同時に!」と言われても、まるでロボットの動き。踊るアホウも難しい。
だぶだぶの夫のTシャツ着て眠る 鳥取県 斉尾くにこ
(評)洗い晒しただぶだぶのTシャツはパジャマより快適。気分的にも夫に包まれているようで、安心して眠れる。のであろうか?
死に絶えてなるかと生える庭の草 浜松市 岡田 史郎
(評)生きとし生けるものすべて、DNAに子孫繁栄の指令が組み込まれている。動物は当然だが、植物の生き延びる知恵も凄い。
ふるさとの小さな記事も読んでいる 西宮市 牧淵富喜子
(評)生まれ育った土地は、遠く離れていても、歳を重ねても、懐かしく忘れ難い。片隅の小さな記事にさえ郷愁をかき立てられる。
しのび寄る老いとばっちり目が合った 奈良県 渡辺 富子
(評)普段は意識してない「老い」だが、洗面所の鏡などを見たときギョッとさせられる。「ばっちり」は避けたほうが良さそう…。
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完司さん
朝から寝ぼけて、18日へコメントしてしまいました。またお読み下さい。
おはようございます。
18日のコメント拝見しました。あの本の写真、若々しく朗らかでいいですね。皆さん、生まれ年を正直に載せているので、年齢がまるわかり。興味津々で読み直しています。
完司さん
たびたび失礼します。「川柳の森」発行は2000年だったのですね。14年も前ならそりゃ若いです。中を繰ってみると、生年月日嘘じゃなければ今でも皆さん充分若い。新子さんは若い人にも支持されていましたものねえ。
新子さんの「一万句集」あれも持ちですよね。あれを風呂敷に包んで句会に持って行ったら、初めて(だと思う)句会にこられた柳歩さんに「お弁当ですか?」と聞かれたことが昨日のようです。
偉大だった新子さん。完司さんはいろんな思い出がおありでしょうね。(しんみり)
「一万句集」もちろん持っています。きちんと読了していないけど…。
新子さんの思い出、いっぱいありますが…、中でも、展望が分裂する前、福岡大会の前夜にレストランでご一緒したとき「完司さん何でも飲みなさいよ」とご馳走して貰ったこと。あっ、それから、1度だけ拙宅へ寄っていただいて、家内の手料理で、お昼ご飯を食べていただいたことがあります。(このことはブログに書いたことがあるかも)
それから、ご主人の碌郎さんが入院しているときにお見舞いに行ったとき、病院のVIPルームに初めて入りました。「世の中、やっぱり金やな…」と不埒なことを思ったり。それにしても神戸の見知らぬ所へ車で、よく行ったものです。やはり若かったのでしょう。
すみません。
ちょっと割り込ませて下さい。
その新子さん。『一万句集』や『有夫恋』のはるか前の『句集新子』に、岡山県で対面しました。
岡山川柳大会の前日、北川拓治宅にお世話になり、前夜はバタンキュー。ガレージ兼1階の個室にて、午前4時頃(!)から『句集新子』他を読み耽りました。たしか「川柳ふぁうすとひめじの会」の発行で、昭和38年刊でした。お世辞にも立派とは言えない装幀でしたが、川上三太郎の序文があって、新子さん初期の作品群がきらりと光っていました。
こんばんは~。
はい、句集「新子」は、昭和38年発刊。もう50年以上前のことですね。私は持っていませんが、どなたかに借りて読んだ覚えがあります。こころに響いた句を書き抜いた覚えもあります。
私が持っている「花の結び目」(昭和56年発刊)の「四の章」(72頁)に、その発刊の経緯が詳しく書いてあります。橘高薫風さんに句集発刊を強く勧められたこと。お金がなくて逡巡していたら、薫風さんが応援してくれたこと。そして、川上三太郎の序文も載っています。先輩を差し置いて句集を発刊して「ふあうすとのお偉方に叱られた」ことも書いてあります。
この句集「新子」によって、時実新子は、鮮烈なデビューを果たした、記念碑的な句集です。