・漢字は世界に誇る文化だと思っているが、肝心の中国では略字に舵を切って伝統的な〔意味を内蔵する漢字の良さ〕が失せつつあり、韓国はハングルに切り替えて久しい。・漢字の長所の内の1つは、チラッと見ただけで意味が解るということ。極端な話、鬱や籠など、書き方が解らなくても意味するところは直ぐに理解できる。短所の1つは似たような紛らわしい文字が幾つも存在していること。表題に挙げた「怨」「怒」「恕」も極めて紛らわしい。
怨(えん・おん)は、怨恨・怨念から「うらみ」「うらむ」という意味は明確。
怒(ど)は、怒気・怒号から「いかる」「おこる」という意味は明確。
ところが、恕(じょ)を使った熟語は少なく、見慣れない「寛恕」があるが、これは「相手を思いやって許す」という意味。「恕す」は「思いやりの心で罪過などを許す」こと。
・このようにして並べてみると、見分けがつかないほど似ていながら、怨と怒は激しいマイナス感情を示しており、恕は穏やかなプラス感情を示している。特に怒と恕は右上の「又」と「口」が違うだけなのに、正反対の意味になるのはまことに不思議で難しい。
・このようなことを考えたのは、5月24日のブログで挙げた川柳作家「西村恕葉」の名前によって。何気なく見ていたときは「怒葉」か?と思ったが、よくよく見れば「恕葉」なので、「どのような意味を持っているのか?」調べてみたというわけ。
・写真1と2は昼前散歩の農道にて。アザミの蜜を吸っている蝶。図鑑で調べるとモンキチョウ(全体が黒色で後翅中央に大きな白斑がある)らしい。3はご近所の奥さんがたくさんくださったホタルブクロ?〔仕事と歩数〕山陽カルチャー資料作成。7,636歩。
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