イデオロギーとか宗教は、正しいとか間違っているというものではなく、信じるか信じないか、ということ。信じている人にとっては絶対であっても、信じて いない人にとっては無価値。それぞれの立場として、妥協できることではないので、議論も成立しない。
従って、政治と宗教については、本ブログではタッチしていないし、今後もその姿勢は変わらない。
ただ、政治的イデオロギーと極めて紛らわしいので『面倒だから、アンタッチャブルで行こう』と、放っておいたことはある。
毎日新聞、毎週土曜日に連載されている、野坂昭如の『七転び八起き』が、おもしろく、毎回、歯切れの良い文章を楽しんでいる。昨日(21日)のは、ことのほか同感した。私がアンタッチャブルにしていたことに対して、明確に述べている。
戦争の惨禍を経験していない私が言っても説得力はないが、8月21日に一歳四カ月の妹を栄養失調で亡くし、自らの手で荼毘にふすという壮絶な経験をした野坂の言葉には、腹の底からの、真実の想いがこもっている。
前文略。 『…、毎年夏になると風物詩のごとく反戦が唱えられ、これはこれで悪いことじゃない。しかし、日本のやっていること、また、やってきたことを棚に上げて、平和のお題目を唱えるだけでは実を伴わない。日本は戦争に負けた。しかし、当初は勝っていた。東南アジアを我が物顔でのし歩き、侵略行為を行ったのは事実である。かつての大日本帝国がやってきたこと、今、平和国家となったからといって過去に押しつけ、無関心では済まない。
あらゆる戦争行為は、さまざまな侵略行為を伴う。戦争の無意味さ、残酷さを伝えるなら、広島・長崎の原爆、沖縄地上戦、特攻隊、空襲など日本の受けた被害だけじゃなく、日本の関わった戦争すべてについて、語り継ぐべきであろう。つまりは、人間。人間はいかに弱く脆いか。そして、時に残酷な存在になりうる生きものであるか。子どもたちに判るよう、伝える義務がある。』
以上、8月21日(土)毎日新聞掲載、野坂昭如『七転び八起き』より抜粋。
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