・森中惠美子先生が正月4日ご逝去された(享年95歳)。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。先生と初めてお目にかかったのは、鹿野川柳会の新年句会ではなかったか?もう40年も前のこと。何かにつけてご厚情頂きました。ありがとうございました!
・写真1、川柳塔誌電子化事業により電子化された小西雄々句集「松露」に掲載されている写真。白いワンピース姿が惠美子先生(24歳)。2、令和4年12月10日「礒野いさむ名誉主幹を偲ぶ会」で披講されている先生。3、平成8年7月10日発行森中惠美子川柳句集【仁王の口】表紙裏に頂戴した揮毫。
・本日、午前中はときどき小雨だったが、午後からは青空も見えて最高気温も9℃ぐらいになった模様。〔仕事&歩数〕明日の塔社句会向け作句&会議資料。7,347歩。
【7日のブログは休ませていただきます】7日は川柳塔社1月句会のため大阪へ。ホテル・アウィーナ泊。8日の昼から勤務時代の友人との新年会で宝塚へ。夜に帰宅してから2日間の行状をアップ致します。(写真下、本日夕刻散歩での西空)
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私も以前に惠美子先生から色紙を頂いたことがあります。ご高齢だったとはいえ残念です。
お宝という海の友山の友
はい、白寿や百寿は珍しくなくなってきましたから、100歳超えは間違いないだろうと思っていたのですが…、残念なことです。
完司様
川柳を始めたばかりの頃、富山の大会に参加して恵美子先生に「ロマン」で秀逸を頂きました。
「梅の実がころぶと母の匂いする」この色紙のほかに二つ持っています、先生にはいろいろお世話になりました。本当にありがとうございました、ありがとうございました。
はい、お元気なころは気軽に各地にお出掛けになられて、多くの人に親しまれ慕われていました。「ロマン」で秀逸でしたか、忘れられない思い出ですね。歳とはいえ川柳界にとって本当に惜しい人を亡くしました。
森中恵美子先生のご冥福をお祈りいたします。私は番傘の会員ではありませんが、津山と先生の繋がりを土居哲秋先生からよくお聴きしていました。机の前には「
人恋うはあわき彩もつ雛あられ」の先生の尊い一
句を貼っています。 合掌
おはようございます。今朝の大阪出張に備えて、昨夜は早く就寝して失礼しました。
土居哲秋さんにも親しくして頂きました。惠美子先生共々、懐かしい思い出がたくさんあります。有り難いことです。
いいお写真ですね。
じつは、この写真をいちどブログで使ったことがあります。
これ以上のお写真はなかったと思っています。
名選者、名披講でした。
先生の披講時には、会場の空気がピリッとしまっていたことを思い出します。
はじめてお会いしたのは、前田咲二先生に促されて出席した番傘本社句会の帰り。
東の横綱咲二先生と女王惠美子先生は仲がよく、いつもほか数人のかたがたともご一緒に焼酎を飲み、お蕎麦を食べて帰られるのね。
そういうことで、あきこもご一緒したのね。そのあと前田先生の新聞社の仕事が忙しくなったことで、本社句会への出席がむずかしくなった。
あと、瓦版の新年の懇親会で同席させていただきました。
先生に句会大会でいただく秀句は、柳人の誇り。
『よけいにさみしくなる』の題名にもさせていただいた《さみしいと書いてよけいにさみしくなる》は、番傘本社句会で秀句に採っていただいたものです。
一つの時代が終わった感があります。
いまごろ、天国で咲二先生と仲良くお酒を酌み交わしながら、積もる話に花を咲かせておられることでしょう。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
おはようございます。いま大阪に向かう「スーパーはくと」です。あと10分ほどで三ノ宮。
「一つの時代が終わった感がある」まさにその通りですね。その流れを弱めぬようにするのが残された者の勤め。身体の動く限りは進んでゆきましょう。