・今朝、米子の「きゃらぼく川柳会」会長の竹村紀の治さんから「八木千代さんが亡くなられました…」と電話連絡をいただいた。地元紙の訃報欄を確認すると、亡くなられたのは21日。99歳。葬儀は25日午前10時、米子市の【光風ファミリアホール】米子市錦町3丁目105-6(☎0859-33-4444)。
・私が川柳を始めたのは、千代さんが選をされていた「毎日新聞鳥取柳壇」に投稿してから。たぶん、1982年ぐらいではなかったか(実に41年前のこと)。川柳塔社の同人に推されたのが1984年。同じ年に全日本川柳大会が皆生グランドホテルで開催。私も末席でお手伝いをしたが、「きゃらぼく」の皆さんや「米子番傘」の皆さんがメインで懸命にお世話をされていたことを印象深く覚えている。
・また、金築雨学さんが立ち上げた「風の会」に誘われて私も入会。毎月のように松江や平田の会場に出かけたこと。年末に米子のホテルで開催された恒例の「きゃらぼく忘年句会」には、大阪から西尾栞師や橘高薫風師も参加されて大賑わいだったこと等々、思い出は尽きない。40年以上もお世話になりましたこと、衷心より御礼申しげます。そして、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
・写真は今日の夕刻散歩での夕映え。〔仕事と歩数〕毎日新聞鳥取柳壇選評。5,921歩。
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八木千代さんの訃報の接し大変悲しいです。
私が川柳を始めたNHK川柳講座で最初の添削が八木千代さんでした。
今から28年前でした。今でも大切に保管しています。
「きゅらぼく忘年句会」でもお世話になりました。
ご冥福をお祈り申し上げます(合掌)
はい、川柳界に大きな足跡を残されました。
「きゃらぼく忘年句会」楽しかったですね。皆さんお得意の隠し芸、中でも但見石花菜さんのターバンを巻いたアラビアの蛇使いは傑作で、笑い転げました。
お世話になった荒介さんも瑞枝さんも千代さんも旅立たれて、寂しいことです。