9日(土)、朝6時出発。国道9号線~鳥取自動車道~中国自動車道~新御堂筋、というルートにて、新大阪西のホテル・ガーデンパレス駐車場着は9時40分。(予約するのが遅かったので、定宿のメルパルクは満杯だった)
三宮までは【JR】&【阪急】&【阪神】のルートがあるが、久しぶりに、昔馴染みの阪神電車に乗りたかったので、梅田まで出て特急に。やっぱり車窓の風景は懐かしかった。
三宮から会場のホテルまでは、シャトルバスもあると大会の案内チラシに載っていたが、「地下鉄海岸線」というのに乗ったことがないので、「花時計前駅」まで歩いて乗車。ふたつ先の駅「みなと元町」にて下車。会場のホテルまで、チラシには徒歩8分と書いてあったが、10分以上かかったような気がする。
神戸メリケンパーク・オリエンタルホテル。大会会場はここの4階大宴会場「瑞天」。
久しぶりに仰ぐポートタワー。若い頃に一度だけ展望台へ上がったことがある。1963年に完成とのこと。もう50年になるのだ。
ホテル北側のメリケンパークに展示されている「超電導電磁推進船 ヤマトⅠ」。まるでSF映画に出てくる戦艦のようなスタイル。1992年に完成。(三菱重工製)だが時速20キロも出なくて、実験船としても失敗作だったよう。詳しくは「超電導電磁推進船」で検索してください。
11時ごろに会場着。席題の発表は11時30分というので、それまでに課題吟を投句。席題2題各2句(計4句)は12時ごろに投句して、外出。
目当ては新長田の鉄人28号。「スーパーはくと」の窓からチラッと見たことがあるが、傍まで行ったことはない。地下鉄海岸線にPRの写真が貼ってあったので「よし、見に行こう!」と思いついた。で、また10分ほど歩いて「みなと元町」駅へ。そこから新長田までは7駅だったが、駅と駅の所用時間は2分足らずで、13分ほどで「新長田」駅に着。
2時から講演があるので、時間的にあまり余裕がなく、改札口にいた駅員に「鉄人28号を見たいのですが、どの方向へ行けばいいですか?」と、ちょっと恥ずかしい質問。丁寧に教えてもらって、その通り行けばすぐに広場に出た。
<青空を背にした「鉄人28号」。「みんな頑張ろうぜ!」と言っているようだった。
鉄人28号の周辺ではいろいろなイベントをやっているようだったが、昼飯も食べなければならず、ゆっくり見物できなかった。
帰路、1時30分発に乗車すれば、講演開始の2時に、ゆっくり間に合う予定だったが、ラーメンを食っているうちに遅刻して、1時40分発になってしまった。で、「みなと元町」駅着は1時53分ごろ。そこから、上着を脱いで駆け足。と言っても、右膝に爆弾を抱えているので無理できず、休み休みの駆け足。結局会場の扉を開けたのが2時2分過ぎ。
ちょうど、安藤まどかさんの「母・新子を語る」が始まったところ。30分足らずの短い講演だったが、時実新子先生の母としての側面が垣間見えて興味深かった。講演終了後、即披講開始。
会場風景。壇上は講演中の安藤まどかさん。その右には新子先生の等身大の写真。
大会に参加しておられるような雰囲気だった。
【時実新子 月の子忌 七回忌川柳大会】 出席者291名。
酒を飲むときだけゲンコツを開く
この世を諦めず水仙が開く
最初の披講は席題の「開く」だったが、提出の2句とも抜けて、「すべり出し良好!」と思っていたら、後が続かなかった。
句会終了後、午後5時過ぎより同会場で懇親会。参加者161名。ビールで乾杯後は、焼酎の湯割り濃い目。そして、赤ワイン。特に、赤ワインはグラスが空になると、ホテルの女性スタッフが、「赤ワインいかがですか?」と、にこやかにボトルを差し出してくれるので、「あっ、いただきます!」。これを何度繰り返したことか。気持ち良く酔っぱらって、久しぶりに会う皆さまと歓談。
懇親会の会場から真向かい、対岸の夜景。窓からパチリとやっていたら、女性スタッフが「外に出ていただいても構いませんよ」と、テラスへ出るドアを開けてくださって、「サンキューベリマッチ!」。
懇親会終了は7時過ぎ? 大阪方面へ帰るメンバーとタクシーにて三宮へ。三宮のミュンヘンで二次会。ここでは生ビール?だったと思う。もうかなり出来上がっていて、このあたりから記憶が断片的。
新大阪の駅からガーデンパレス行きのシャトルバスがあるが、コンビニで水を買いたかったので歩く。我ながら「酔っぱらいの歩きかた…」と分かるほどの歩き方だった。ホテル帰着時刻は11時前だったか?当然、バタンキュー。
10日(日)朝、9時前、ホテル出発。中国道、幸いにも渋滞なし。往路と同じコースを辿って、午後1時前帰着。神戸は春だったが、鳥取は冬に戻っていた。
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完司さん
お帰りなさい。新子さんの娘さん(と言っても私と同じくらいかな、年齢)頑張っておられるんですね。
262人ですか…。亡くなってもやはり凄い方ですね。今回は抜けられない用があったから行けなかったけど、またやるんでしょうか?
たぶん、句風も変ったから抜けることは無いとは思うけど、あの空気をまた吸ってみたい気もします。ブログの写真、立派な会場ですねえ。
本当にお疲れ様でした。
ありがとうございます。
出席者は262名ではありません。291名です。その7割ほどが女性だったような感じ(発表誌で確認しないと正確なところは分かりませんが…)で、会場も華やかでした。
まどかさんはご病気と伺っていましたが、張りのある元気な声でした。
またやるとすれば、次は「13回忌」でしょうか。開催されるかどうか、私には分かりません。
昨日、懇親会の席上で名乗り出ました松長です。毎日ブログからエネルギーを頂戴している当の先生にお会いできたのですから感動ものでした。ありがとうございました。小生、今日は新子先生の遺徳を再確認する意味から灘の神戸文学館で開催中の新子展を拝見し、三時過ぎに瀬戸市の我が家にたどり着きました。少々ばて気味でしたが、先生のブログを開けてびっくり、昨日の状況がすでにアップされ、心地よく再び会場に戻された気分になりました。さらに驚いたのはあの間隙をぬぐって鉄人28号を見に行かれていたとは。好奇心旺盛さ、エネルギッシュな行動力にはまたまた圧倒され、同時に同世代のものとしてまたまた奮起させられた次第です。ありがとうございます。
こんばんは~。
懇親会では声をかけていただきまして有り難うございました。新子展、ご覧になりましたか。私も行きたかったのですが、デスクワークを山積したまま出かけましたので、早々に帰宅致しました。
昨日、まどかさんの講演を聞きながら、感慨深いものがありました。「平成五年」に収録した「長電話する人あたま悪い人」に対して、「他人を誹謗しているので良くない」と注意を受けたことなど、懐かしく思い出していました。
また、どこかでお目にかかれますこと、楽しみに致しております。
こんばんは
昨日はありがとうございました。
長田へ行かれたんですね。
私はそこからふたつ先の、板宿というところで生まれました。
神戸は、今も懐かしい場所です。
お写真の観覧車、今修理中で、カゴの部分がないそうです。
こんばんは~。
こちらこそ、ありがとうございました。たくさん抜けていましたね。さすがです。
カゴのない観覧車、ちょっと恐い。まあ、乗りたいと言っても乗せてくれないでしょうが…。
紺さんは神戸生まれですか、私は大阪生まれの尼崎育ち。神戸にもしばしば遊びに行きました。と言ってもせいぜい三宮~元町あたりですが…。
私は一時時実新子さんに興味を持ち、研究したことがあります。完司先生が、完司という名前でない頃の川柳も読ませてもらったことがあります。
新子さんは、喜怒哀楽がいっぱいの方だったようですね。今尚、興味がありますので機会がありましたら、新子エピソードを聞かせてください。
はい、完司という雅号にしたとき、「良い名前が付きましたね」というハガキを頂戴しました。新子先生はとても筆まめで、何かにつけてハガキをくださいました。その「手紙を書くのが好きだった」ということについて、まどかさんも講演の中で下記のように紹介しておられました。
新子さんが嫁ぐとき、お父さんが嫁ぎ先の親御さんに「何も欲しがらない子ですが、切手代だけは不自由させないように、お願いします」と頭を下げてお願いしたそうです。
今、思い出しました。どなたかの葬儀で山陰にこられたとき、拙宅に立ち寄っていただいて、家内の手料理でお昼ご飯を召しあがっていただいたことがあります。そのあと、店内を珍しそうに見て回られました。小さなポシェットだったか? お気に召されたようだったのでお土産にお持ち帰りいただきました。
エピソードというより個人的な思い出話ですが、私は忘れっぽいので、このようなことしか覚えていません。
今日は東日本震災日、時実新子を思うとき、被害者だった彼女の凄句、「平成七年一月十七日 裂ける」が浮かぶ。
今年が七回忌でしたか。ご冥福を祈ります。
はい、本日午後2時46分、役場のサイレンが鳴り響きました。ちょうどパソコンに向かっていましたが、起立して黙祷致しました。
「黙祷をすると津波が現れる 完司」
今日も、まぶたの裏に、恐ろしいほど静かに、家やビニールハウスを飲んでゆく津波のテレビ映像が浮かび上がりました。
川柳大学は中退の落第生ですが、新子先生には川柳に対するキャパシティーの大きさを学びました。
完司さま
時実新子月の子忌七回忌川柳大会にご参加くださいまして、ありがとうございました。おかげさまで盛大な会になり、感謝いたしております。遠路、お疲れさまでございました。
懇親会でお話をすることができ、嬉しゅうございました。
二次会はミューヘンに行かれたのですね。ご案内できずに申し訳ございませんでした。今後ともよろしくお願い申し上げます。
司会の大役、ご苦労さまでした。マイクに良く通る美しい声、そして落ち着いた穏やかな話し方。さすがにプロ! と感心して聞き入っていました。
私も、たまに司会の役が回ってきますが、みんな葬式。
「葬式の司会に向いている声です 完司」
こちらこそ、お話しが出来て、出席した甲斐がありました。また、どこかでお目にかかれますのを楽しみに致しております。