宴会が始まっていきなり出てきた蛇使い。但見石花菜さん得意の出し物。何やら呪文を唱えると、筒の中から蛇がゆらゆら出てくる。その蛇がまた傑作。どこかで見た顔だなと思ったら「ET」だった。一滴も酒を飲まずにこれをやるのだから畏れ入る。背景にぶら下げている書き物も石花菜さんの直筆。とにかく、なにをやらかすか分からん奇怪な後期高齢者である。笛を吹いている右側は重忠さん。左は妙齢の美女。
本日第2土曜日にて打吹川柳会例会日。いつもは車で出かけるのだが、句会後恒例の新年会があるので重忠さんとJRにて。倉吉駅からタクシー。会場の上灘公民館までジャスト950円。席題はなくて兼題3つ披講終了後宴会。皆さんはビールで乾杯だったが、私は黒霧島の湯割りをガンガン!
宴会のときに行われるビンゴゲーム。これもこの会の恒例。速く「ビンゴ!」になった人から景品を貰える。私は、いつになく快調で次々と「リーチ!」。ついに5か所もリーチになった。「これはすぐにビンゴだ」と思っていたら、それからまったくヒットせず。ようやく景品が無くなる直前にビンゴ! 「出だしが良いからといって、調子に乗るな!」というお告げだろう。
【打吹川柳会 1月例会】 出席33名。欠席投句1名。私は「明日」の選を仰せつかる。
住所録ぱらぱら寒くなってきた
神さまの声も凍っている夜空 (他3句)
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但見石花菜さんいいなー
辛口批評だった故柏原幻四郎さんが褒めた川柳は、但見石花菜さんの時事吟と織田正吉さんの句集「虹色の包帯」しか記憶にない。
但見石花菜さんに会いたくて、平成9年12月7日に鳥取のきゃぼく忘年句会に出席しました。
その時戴いた「但見板金工作所」の名刺を今も宝物のようにして持っています。
もう一度、但見石花菜さんに会いたいです!
はい、「瓦版」でもファンが多くて、「一度お連れして…」と頼まれているのですが、いくら誘っても頑として動きません。
「但見板金」は親父さんの代から。でも、今は退いて、現役の頃にやった樋とかのアフターぐらいでしょう。「屋根にはもう上がらない」とおっしゃっています。
その板金の腕で、ときどき珍妙な造形物を作って、秋の「倉吉市美術展」に出品されています。いつぞや拝見したのは、1メートル以上もある大きな耳。板金で叩き出して、その内側全面にキラキラ光るアワビの貝殻を貼り付けたもの。「これ何?」と訊ねましたら、「アワビの殻がいっぱい溜まったので…」とニコニコ笑っておられました。私は「私の耳は貝の殻 海の響きをなつかしむ」という詩を具象化したもの、と勝手に解釈しましたが…。
また、いつぞやは、竹をピラミッド状に組み上げ、そのてっぺんから自在鉤をぶら下げ、それに黒い鉄鍋を引っかけたもの。ピラミッドの真ん中あたりから上には白い和紙が貼り付けられ、観客が見ることが出来るのは、自在鉤にぶら下がった黒い鉄鍋だけ。何とも妙な造形ですが、森閑とした不思議な空間が出現していました。世界広しといえど、このようなことを考える人は余りいないでしょう。これらは、10年以上も前に見たものですが、いまだに脳裏に沁みついています。よほどインパクトがあったのでしょう。
昨年の秋にも何か出していたようで、友人の絵画が入選したのを見に行った家内が「石花菜さんのが出ていた。何だか訳の分からんもんやった」と言っていました。
〔追伸〕
書き物にある「神の手 ムハンマド・トコロテン・プー」なるもの。
なぜ「トコロテン」かと言えば、原料のテングサ(天草)の学名?が「石花菜(せっかさい)」というのです。
石花菜さんの自宅は海のすぐ側。若い頃、海に潜ってはテングサを採り、小遣い稼ぎしていたとのこと。雅号はそこから付けたようです。まあ、この雅号も世界に一つでしょう。
へ~これかぁ~、年末の「不良中年同行会」で石花菜さん、くにちゃん、芳光さんが念入りに打ち合わせしてたのは、参加したかったけどこちらも新年例会だったので残念。
次回があればぜひ見たいものです。
「不良中年同行会」は「不良中年友の会」の誤りでした
大山滝句座の帰りに近くのファミレス「ジョイフル」での馬鹿話に参加するメンバーの会のことです。命名の由来・・大山滝句座11月の自由吟「入ったの不良中年友の会」斉尾くにこ からです。
改まって説明することでもないか??
そうですね。「不良中年友の会」です。でもまあ、くにちゃんだったら「中年」でしょうが、私など「不良老年友の会」てな、とこです。
石花菜さん、昨日は撒き散らす「おみくじ?」か、何かを家に忘れてきた、と言っておられました。
今日も、これから「鹿野川柳会」ここも句会の後に新年会があるのでJRで出かけます。石花菜さんも行くと言っていたけど、また「蛇使い」やるのかな~~?