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昨日(28日)、特急「スーパーはくと」にて大阪へ。梅田で昼食後、東梅田駅より上本町九丁目下車。徒歩10分足らずの会場「たかつガーデン」へ。途中、明日香ちゃんとバッタリ。遠路はるばる静岡からの来阪。

   【第2回 川柳カード大会】  出席者85名。私は課題「学校」の選。
   
   立ち飲みで泣くオッサンをどうするか
   不二家のペコちゃんチョコレート依存症
   ストライクゾーンはフリー 投げてこい

大会終了後、同会館「コスモス」の間にて懇親会。ビールで乾杯後は焼酎湯割り。我ながら「ちょっとピッチが速過ぎるか…」と思うぐらいガンガン。二次会は近くの居酒屋へ。ここまでは何とか覚えているが、三次会のカラオケあたりから記憶回路がプッツン。翌日、芳山さんから「由紀子さんとデュエットしとった。こわごわ肩に手を回しとった」と言われたが、思い出せない。「これが証拠!」とデジカメの映像を見せられて納得。

本日(29日)、朝食後、9時にホテルロビー集合。近鉄にて奈良へ。奈良駅で北海道と青森から来られていたご婦人2人と合流して総勢15名?
タクシーに分乗して、先ず「新薬師寺」へ。本堂内の国宝「十二神将」は見事だった。私の生まれ年「午」の守り神へ蝋燭を奮発寄進(30円)、「家内安全」「無病息災」「商売繁盛」を祈願。
次いで、ぶらぶら散策しながら高畑の「志賀直哉旧居」へ。直哉自身が設計したという和様折衷の大きな家。庭も広くて「ちょっと、負けたな~」と思った。(比べるほうがおかしいが…、まだ昨夜の酒が残っていたらしい)

                        新薬師寺本堂

志賀直哉旧居へ行く途中、高畑あたりの閑静な住宅街。暑くもなく寒くもない、散策には絶好の日和だった。

写真上4枚、いずれも志賀直哉旧居にて。書斎と庭。そして食堂兼居間。写真右の天窓は食堂横の部屋のもの。この部屋は床がタイル張り?のテラスのようになっていてテーブルと椅子が置いてある。夏はダメだろうが、冬は明るく暖かいだろう。ここでのんびり珈琲でも飲んだら最高だろうな、と思った。すべて直哉が設計したらしいが、簡素ながら合理的な造りに感銘した。

次いでバスに乗って興福寺の国宝会館にて、かの有名な「阿修羅像」と対面。柔和でありながら、何やら苦悩に耐えているような表情に感動。館内のショップで絵葉書を10枚ゲット。(写真のもの)

       興福寺の五重塔。何年ぶりになるのだろう。遥か昔に来た覚えあり。

                        懐かしい風景。

12時30分、本日のメインイベント、奈良の銘酒を飲ませてくれる店へ。まず超辛口「春鹿」を酒器(2合弱?入り)で、ほどよく冷えていて思わず「うまい!」。次いで「豊祝」、これも味わい深いいかにも「吟醸」という味。だがやっぱり超辛口の「春鹿」に切り替えてガンガン。結局「酒器」で5~6杯は飲んだか。もちろん1人ではないが…。

                     超辛口の銘酒「春鹿」

この店を3時過ぎに出て、皆さんとバイバイ。芳山さんとタクシーでJR奈良駅へ。大和路快速で天王寺へ。天王寺から地下鉄にて新大阪へ。芳山さんは新幹線17:09分。私は「スーパーはくと」17:19分にて、それぞれ松江と琴浦町へ。21時20分無事帰着。
たのしい2日間、たくさんの人と接してたくさん喋った。「カード」の皆さん、そして、お付き合いくださいました皆さん、大変お世話になりました。ありがとうございました! お疲れの出ませんように。

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  「川柳カード」大会 ~ 奈良逍遥”にコメントをどうぞ

  1. あきこ on 2013年9月30日 at 10:15 AM :

    お疲れさまどした。(またまた京都?弁)
    当日帰りは、完司先生選「学校」で特選をとられた啓子さんとご一緒。ブログに書こうと書いていただいた特選句を紛失。《……病垂れ》、どんな句でしたでしょうか。
    「春鹿」、飲んでみたい。(ちょっぴり)
    うちの父は酒豪だったのに、あきこはあきまへん。

    • 完司 on 2013年9月30日 at 1:02 PM :

      こんにちは~、お疲れさまでした。
      学校の特選句は、『学校を覆う大きな病垂れ  高島啓子』でした。筆記していませんが間違いないと思います。
      超辛口「春鹿」、なんぼでも飲めるような酒でした。酒は燗がいちばんと思っていましたが、考えがすこし変わりました。が、寒いときはやっぱり燗でしょう。

  2. 江畑哲男 on 2013年9月30日 at 8:06 PM :

    お久しぶりです。
    いやぁ、志賀直哉の旧居を訪ねていただいたのですね。
    「有り難うございます」と、小生が御礼を申し上げるのも変ですが、嬉しいです。
    アノあたりは、奈良でもとびっきりの良いところ。
    志賀直哉は、言うならば「引っ越し魔」です。
    全国の志賀旧居は、どれほどあるのでしょうか?
    そのなかで、一番長くいたのが小生の住む我孫子だと言われています。ハイ、千葉県我孫子市のPRでした(笑)。

    • 完司 on 2013年9月30日 at 8:43 PM :

      こんばんは~。
      そうですね、「引っ越し魔」。生涯に26度?も引っ越したとか。その最初?が我孫子?だったのかな。「もっといいところ…」「もっと他に…」と探し求めた、完璧主義者だったのかも…。
      それはそうとして、「暗夜行路」の最終章は、我が鳥取県の「大山の夜明け」。大山の登山道の横にも、そのことを記した石碑があります。この旧居の2階の説明文にも、その最終章はここで執筆したと書いてありました。ハイ、鳥取県の自慢でした。(^v^)

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