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昨日のブログで、川柳展望62号「山陰大会発表号」でありながら、住田三鈷追悼号の趣になっていると書いた。その事も含めて、昨夜ゆっくり読み直してみると、この62号(1990年夏号)は31年前の冊子だが、現在でも読み応えのある内容になっている。

先ずメインの記事「展望60号山陰大会」の選者は、時実新子・柴田午朗・中尾藻介・橘高薫風・寺尾俊平・天根夢草・八坂俊生・安藤亮介・若草はじめ・金築雨学・早良葉の11名。それぞれの入選句も楽しいが、加えて【作家論 八木千代】企画もあり。筆を執っているのは、橘高薫風・寺尾俊平・金築雨学の3名。それぞれ錚々たるメンバーであるが、あの人この人と多くの人が旅立ってしまったのは31年という歳月の重さ。

また、この冊子の後ろ(114~115頁)に住田三鈷追悼として金築雨学・新家完司・門脇かずお・天根夢草(夢草は編集長のため最後)が、遺作集とは別の文章を載せている。雨学と夢草は追悼句だが、夢草の追悼句の中に【葬式の司会の完司 まちがえる】というのがあって、「ああそうだった…」と苦い記憶が蘇った。

三鈷さんは独身で米子の兄夫婦の家に同居していた。葬儀もその家で執り行われたが、私が司会を仰せつかった。お寺さんから簡単な指示「私が合図をしたら親族焼香を…」ということだった。どんな合図かも打ち合わせていなかったので、祭壇に向かっているお寺さんの挙動を凝視。読経もかなり進んだ頃、私の方を向いたような気がしたので、「それでは…」と切り出したら、お寺さんが慌てて「まだ!!という身振り。で「まちがいました」と訂正。すっかり忘れていた失敗を、この1句でまざまざと思い出した…(-_-;)。

本日、昨日に続いて寒い風が吹く曇天であった。写真12は昼前散歩の総合公園の秋景色。夕刻には小雨が降っていたが傘を差してぶらぶら。〔仕事と歩数〕11月末締切の誌上大会向け作句ほか。5,033歩。

 

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今日までに届いた句会や大会の中止(延期)情報です。総て把握していませんので、出席予定の会は主催者にお問い合わせ下さい。(11月15日までのは消去しました)

127(火)川柳塔本社句会 ⇒ 誌上句会に変更。 

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