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本日、町の集団検診。待つのが嫌いな性分のため、この集団検診というのが大の苦手。だが、1年に1度、わずか2時間のガマンだと思えば耐えられる。今日は、出かけるときに新聞(毎日新聞)を持って出たのが正解。いつもは流し読みで済ませているが、今日はじっくり読めた。

その中で、鎌田東二さん(京大教授)の、「今、見直すべき伝承知」と題したエッセーが印象に残った。
私自身、葬儀等における面倒で格式ばった儀式などは、これまで軽く見ていた。「もっと簡略化すべき」とも思っていた。が、それはそれなりに、大きな意味があることを教えられた。すなわち、喪における儀式等のプロセスは、哀しみを軽減する力がある、ということ。私なりに砕いて考えると、要するに、通夜→葬儀→法事など等のステップを踏むことによって、受け入れ難い「死」というものを、少しずつ認めようとする思いが生まれてくるのだろう。
このような、葬儀に伴う諸々の儀式は、死者を悼み弔うのが主眼ではあるが、生きている者(遺族)のこころを整理し、前を向く力を与えるためのものでもあるのだ。だからこそ、連綿と続いているのだ。ただ単に死者を弔うだけのものであれば、とっくに簡略化されているだろう。

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