写真上は、国の重要文化財に指定されている【仁風閣・じんぷうかく】。1907年、大正天皇が山陰行啓されたときに宿泊施設として建てられた。本日夕刻のローカルニュースで、3D映像でライトアップすると報じていた。上の写真は、そのテスト映像。
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「百聞は一見にしかず」 折角ですから、鳥取城跡、二ノ丸の麓に立つ白亜の洋館・「仁風閣」へ ネットの列車に乗って”ぶらりタモリ”を気取って参りました。 おかげで新入の歴史を仕入れることが出来、歴男の私としては嬉しい限りです。 「仁風閣」とは、明治40年5月、皇太子殿下(大正天皇)の山陰行啓に際し、 ご宿舎として、徳川慶喜の五男で、先生の写真の三枚目左端上に写っている、 もと鳥取藩主池田仲博侯爵によって、建てられた木造2階建ての本格的洋館。 「仁風閣」の名は、行啓に随行した東郷平八郎元帥によって命名され、 直筆の額が、二階ホールに掲げられている、と学びました。
【余談】大正天皇はこの館を詠んだものかどうか、何が不満なのか、 「とつくに(外国)のさまをうつせる家もあれど白木づくりぞゆかしかりける」 と、詠っておられます。 (悲しいかな、現代の帝都は「外国のさまをうつせる家」があまりにも、 多くなってしまった。和風の建築をふやしたいものである) 又、いらんことを書いてしまいました。 。o.゚。(・ェ・。`人)。o.゚。ゴメン ナサィ
まいど! 【仁風閣】のホームページを訪れてくださいまして、サンキューベリマッチ! 上の記事で、そのように書き込もうと思ったのですが、まあ、歴史に興味のある人なら検索してくれるだろうと思って控えました。ちなみに、いちばん上の写真は、このHPの中のものを写しました。 そうですね、この仁風閣も、現代人から見れば美しく懐かしいレトロですが、建築当時は時代の最先端で馴染みにくかったのかも知れませんね。
完司さん、こんばんは。 左膝は大丈夫ですか?
《林檎》NO542が届き、 完司さんのパワフル川柳を読ませていただき、笑いました。 自分だけの名句コレクションは、いいですね。 私も、好きな句をノートに記し、こころのウォーミングアップをしたいと思いました。 それで、完司さんの紹介の川柳に、どこかで見たことあるような句だなと思ったら、 あらまあ、私の句も並んでいるではありませんか。 ありがとうございま~す。 元気印の完司さんを、さらに元気づけたのでしょうか。 嬉しくて、こちらも元気もりもりのどっか~~んです。
そうそう、完司さんの奥様ではありませんが、 二年前から、コーラスに目覚めて歌いはじめました。 それこそ喜寿傘寿のお姉さま方に混じって、古稀前の私など、まだ若手です。 三年後に《流浪の民》を舞台で歌うのが目標です。 ささやかな夢ですが。
こんばんは、お久しぶりで~す。左膝、83%ぐらいまで復帰しました。 「林檎」、そちらにまで届いているのですか。さすがに全国誌!? 御作品の無断借用、「わからんやろ」と思っていましたが、悪いことは出来んものです。はっはっは! まあ、佳句として紹介しましたので、ご容赦ください。
コーラス、はじめられましたか。そう言えば、我が家のアマゾネス、昨年の「ママさんコーラス大会」では鳥取県代表で北海道へ行っていました。そのときのエピソードのひとつ。最年長(米寿?)のご婦人が、出発前に「私、北海道は初めて。大会のあと、あちこち見て回りたいので、別行動させていただきます」と申し出て、札幌で1人バイバイして、どこかへ行かれたとのこと。百歳のハードルを超えてゆくのは、こーゆー人なのでしょうね。がんばってください!
香川県ルー餃子のフジフーヅはバイトにパワハラの末指切断の重傷を負わせた犯罪企業
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「百聞は一見にしかず」
折角ですから、鳥取城跡、二ノ丸の麓に立つ白亜の洋館・「仁風閣」へ
ネットの列車に乗って”ぶらりタモリ”を気取って参りました。
おかげで新入の歴史を仕入れることが出来、歴男の私としては嬉しい限りです。
「仁風閣」とは、明治40年5月、皇太子殿下(大正天皇)の山陰行啓に際し、
ご宿舎として、徳川慶喜の五男で、先生の写真の三枚目左端上に写っている、
もと鳥取藩主池田仲博侯爵によって、建てられた木造2階建ての本格的洋館。
「仁風閣」の名は、行啓に随行した東郷平八郎元帥によって命名され、
直筆の額が、二階ホールに掲げられている、と学びました。
【余談】大正天皇はこの館を詠んだものかどうか、何が不満なのか、
「とつくに(外国)のさまをうつせる家もあれど白木づくりぞゆかしかりける」
と、詠っておられます。
(悲しいかな、現代の帝都は「外国のさまをうつせる家」があまりにも、
多くなってしまった。和風の建築をふやしたいものである)
又、いらんことを書いてしまいました。 。o.゚。(・ェ・。`人)。o.゚。ゴメン ナサィ
まいど!
【仁風閣】のホームページを訪れてくださいまして、サンキューベリマッチ!
上の記事で、そのように書き込もうと思ったのですが、まあ、歴史に興味のある人なら検索してくれるだろうと思って控えました。ちなみに、いちばん上の写真は、このHPの中のものを写しました。
そうですね、この仁風閣も、現代人から見れば美しく懐かしいレトロですが、建築当時は時代の最先端で馴染みにくかったのかも知れませんね。
完司さん、こんばんは。
左膝は大丈夫ですか?
《林檎》NO542が届き、
完司さんのパワフル川柳を読ませていただき、笑いました。
自分だけの名句コレクションは、いいですね。
私も、好きな句をノートに記し、こころのウォーミングアップをしたいと思いました。
それで、完司さんの紹介の川柳に、どこかで見たことあるような句だなと思ったら、
あらまあ、私の句も並んでいるではありませんか。
ありがとうございま~す。
元気印の完司さんを、さらに元気づけたのでしょうか。
嬉しくて、こちらも元気もりもりのどっか~~んです。
そうそう、完司さんの奥様ではありませんが、
二年前から、コーラスに目覚めて歌いはじめました。
それこそ喜寿傘寿のお姉さま方に混じって、古稀前の私など、まだ若手です。
三年後に《流浪の民》を舞台で歌うのが目標です。
ささやかな夢ですが。
こんばんは、お久しぶりで~す。左膝、83%ぐらいまで復帰しました。
「林檎」、そちらにまで届いているのですか。さすがに全国誌!?
御作品の無断借用、「わからんやろ」と思っていましたが、悪いことは出来んものです。はっはっは! まあ、佳句として紹介しましたので、ご容赦ください。
コーラス、はじめられましたか。そう言えば、我が家のアマゾネス、昨年の「ママさんコーラス大会」では鳥取県代表で北海道へ行っていました。そのときのエピソードのひとつ。最年長(米寿?)のご婦人が、出発前に「私、北海道は初めて。大会のあと、あちこち見て回りたいので、別行動させていただきます」と申し出て、札幌で1人バイバイして、どこかへ行かれたとのこと。百歳のハードルを超えてゆくのは、こーゆー人なのでしょうね。がんばってください!
香川県ルー餃子のフジフーヅはバイトにパワハラの末指切断の重傷を負わせた犯罪企業