Loading...Loading...

CIMG0310 CIMG0309 CIMG0305あの日は雲一つないよく晴れた日だった。僕は国民学校高等科1年生の12歳。朝から、防空壕を掘るために、朝礼をしていた。閃光の次にどどっと言う地響きそのあとに西の空に上がったきのこ雲をあの時この目ではっきりと見た。呉の近くの下蒲刈島にいたので、爆心地からは30キロくらい離れていたが、広島のほうで何か大変なことが起こったと言うことだけはわかった。人々は広島のガスタンクが破裂したんじゃそうなと言っていたが、当時はデマも禁句であったので、陰でひそひそ話をしていた。それでも、あくる日には、新型爆弾とか、見たままのピカドンなどと言っていた。それから1週間くらいたったころ、広島の修道中学に行っていた先輩が、担架に乗せられかえってきたが、体中包帯にくるまれ、わずか露出しているところは、チンク油で塗りたくられていたがすぐに亡くなった。クマゼミが激しく鳴いていたのを覚えている。

今日のウオーキングは90分。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

「なるほど!」「いいね!」と
思ったらポチっと(無記名)

71年前の8:15分広島に原爆は落ちた。約30キロくらい東の、安芸郡下蒲刈村(現呉市下蒲刈町)に住んでいた。私たち一家は父を亡くして7年目、母方の里へ親子3人が寄留していました。当然のことながら生活... 「眼から火が出たと母親逃げ帰り」の続きを読む
上の写真は、何年か前に震度5弱に耐えた石灯篭である。大きな石の笠を小さな石の四本柱でバランスを取っている。今の学問では簡単に計算できる重心の位置も、だだ石工の勘で据え付けた灯篭が、震度5に耐えたとい... 「敗戦を認めたくない終戦日」の続きを読む
ゴミの分別が始まってだいぶ月日がたつが、相変わらず、黄色いシールを張られて残されている。どの年代の人のゴミが残されるのか、統計を取ったことがないのでわからないが、みんな自分ではないと思っているらしい... 「分別がなかなかできぬゴミ袋」の続きを読む
網戸には招かざる珍客が時々やってくる。ヤモリも人間と同じように指が五本ある。虫を食べてくれるのでありがたい。クマゼミは午前中に、命の限りないているが、どうも桜の木が好きらしい。 こんばんわ。午前中は... 「クマゼミもヤモリも寄ってくる網戸」の続きを読む
午前中は、ボケ防止のために、町内のサロンに月/2回通っています。主に脳トレ体操と、コーヒーとおしゃべり。午後は川柳ひろばの編集と校正。晩酌は缶ビール350。それからウオーキング70分。そのあと就寝ま... 「町内のサロンへ集うボケ防止」の続きを読む
朝から今日もカンカン照り。すこし夕立が欲しい。午前中はGG4ゲームこなす。スコアはボロボロ。スコアは4ゲーム86。話にならない。暑さに負けず参加者は17名。午後は川柳奉行の句会。出席18名。和やかな... 「馬の背へ黄泉平坂午後の雨」の続きを読む
Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K