あの日は雲一つないよく晴れた日だった。僕は国民学校高等科1年生の12歳。朝から、防空壕を掘るために、朝礼をしていた。閃光の次にどどっと言う地響きそのあとに西の空に上がったきのこ雲をあの時この目ではっきりと見た。呉の近くの下蒲刈島にいたので、爆心地からは30キロくらい離れていたが、広島のほうで何か大変なことが起こったと言うことだけはわかった。人々は広島のガスタンクが破裂したんじゃそうなと言っていたが、当時はデマも禁句であったので、陰でひそひそ話をしていた。それでも、あくる日には、新型爆弾とか、見たままのピカドンなどと言っていた。それから1週間くらいたったころ、広島の修道中学に行っていた先輩が、担架に乗せられかえってきたが、体中包帯にくるまれ、わずか露出しているところは、チンク油で塗りたくられていたがすぐに亡くなった。クマゼミが激しく鳴いていたのを覚えている。
今日のウオーキングは90分。
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