札束で頬を殴ったダムの水
昭和41年に、石川達三が、金環蝕と言う小説の中で、ダムの談合を取り上げた問題作で、のちに映画にもなった、私の記憶が正しければ、池田総理、黒金官房長官、鹿島組の疑獄事件であった。その頃、若気の至りで書き留めておいた1句である。
家内をデイサービスへ送り出して、いつものサウナで寛ぐ。サウナと水風呂3クー...【続きを読む】
鞴から神の鼓動を聞く炎
続いて、鞴の句になったっが、たった22年前には、三原の街にも、野鍛冶屋があったことを2.3日前にも書いたが、、土方の七つ道具の一つに、ツルハシがあった。その先が、チビたら、焼いて叩いてとがらしてもらうために、よく鍛冶屋に通ったものである。その縁で、神聖な鞴祭りに呼ばれたことがったので、その時の模様を...【続きを読む】
人前でサザエをオイと呼ぶマスオ
川柳「峠」新居浜が届いた。縁あって初めての、投句したが、全ボツでなくてよかった。参加者の名簿を見たら、広島の、瀬戸れい子の名前があった。彼女は、広島では、数少ない、新進気鋭の作家である。
9月にはきれいに咲き誇った、彼岸花も10月になると、似ても似つかぬ葉っぱになり、...【続きを読む】
塩辛い汗に男をまだ捨てぬ
このころはよかったが、今では汗をかくことも少なくなったが、それでも、夏分のプールは汗をかくと見えて、喉が渇く。しかし、プールの汗は、「男をまだ捨てぬ」と言う表現にはならないようだ。
昨日に続いて、今日もGG。偶然にも、ホールインワン1個と、84で、昨日と同じであった。高止まりは株では好ましいが、GG...【続きを読む】
向こう槌神の鼓動を聞く炎
私がまだ現役の頃には、町には何軒か野鍛冶屋があった。多くはベルトハンマーで、向こう槌の代わりをしていたが、1軒だけ、坊主が向こう槌を振っていた鍛冶屋があった。句は刀鍛冶をイメージして作ったものであるが、野鍛冶屋でも12月の、鞴祭りは、白装束で、古式に乗っ取って行われていたものである。
午前中は、地域...【続きを読む】