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 社会人になってから(50年以上前のことだが)、母親にきつく教え込まれたことがある。「お金が無い(から無理)」「忙しい(ので駄目)」などと人前ではあまり言うな、という教えである。大きな数字の額でもない限り、お金は何とかやりくりして用意できるものである。いくら忙しいといっても、他人から丁寧に頼まれた用件を安易に断るにもほどがある。自分が安っぽく見られかねない、結果的に己を貶めて虚しさを感じるような言葉は慎しむように、というのが母の言いたかったことだった。
 この説教は私の頭の中に沈み込んで忘却の彼方へ行ってしまっていたが、かなりの時間を経てこれらの言葉を思い起こさせる経験を二つしたのである。
 一つは10年近く前のことである。長く会員を続けていた吟社の会長が替わった。新会長とは句会などで親しくさせてもらっていた。吟社の改革に熱意のある方で、会長としての抱負も伺っていた。私も何か手伝えることがあればやりますと、意気を感じながら柳誌編集などに携わったものだった。
 当時の私はある文芸団体の会員になっていた。吟社にも新会長にもメリットがある組織だと私なりに考えて、その団体に入会することを新会長に対して丁寧に勧めてみた。その答えが即座に「お金が無い(ので断る)」だったのである。年会費はわずか数千円である。私はガックリして気持ちが一気に萎えてしまった。車を購入したり、自宅を建て替えたりするような話しではない。大した出費でもないのに、そんな断り方はないのではないかと興醒めしたのである。
 もう一つは、別の文芸団体の発行誌の編集を担当していた頃のことである。ある号で新企画の特集を組んだものを刊行することになり、会員への寄稿の声掛けを編集仲間と行った。いろいろと説明しなければならず結構面倒くさい作業だったのだが、大方の会員が賛同して寄稿してくれた。その中で一人だけ断った会員がいた。少し名の知れた方でその立場からてっきり書いてくれる、いや書くべきであろうと私は思い込んでいたのだが、見事な空振りだった。何かのことで直接お会いする機会があり、よろしくお願いしたいと執筆を依頼したら、素っ気なく「忙しくて無理」と即答したのである。これには啞然とした。既に現役を退いてある程度の年齢に達している。いくら忙しいといっても、24時間動き回っている訳ではあるまい。忙しいから書けないとはどういうことなのかと呆れた。忙中閑ありなどと説くつもりはない。しかし何のため会員になっているのだろうと訝しく思った。
 若い時分なら「お金が無い」「忙しい」という言い訳も分からないことではなかった。しかし、人生が成熟した時期を既に過ぎている人から、面と向かってこれらの台詞を吐かれると、いくら噓も方便だったとしても、聞く方の意気は下がるものである。
 私は親の教えを思い出し、人前でそんな言葉は口にしないと決めている。出費のある頼み事については、それなりに考えてメリットがないと判断したら、正直にお金を出してまで関わりたくないと断る。他方、何かを書いてくれという依頼なら、書くことが嫌いではない性格なので、私が書けるものなら余程のことがない限りは断らない。もういい歳である。安っぽい言い訳は使いたくない。

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