高齢者の趣味の世界とは、いつもの顔ぶれが集まって和気藹々と楽しい時間を過ごすものである。そのように想像している若い世代の人は多いのではないか(私の娘などはそのような印象をもっているようである)。しかし実際に足を踏み入れてみるとそんなことはほとんどない。それは中を覗くと次第に判ってくるものである。仲好しグループも出来るが、仲違いも起きて面倒くさい事態を招くこともある。まだまだ現役の世代には分かり辛いかもしれないが、年寄りだって損得と関係なく子供と同じように張り合ったり啀(いが)み合ったりするのである。
私は30代の頃から、親子ほど、いやそれ以上に年の離れた人たちと句会を楽しんできたので、ある意味ではそういった人間関係の外野にいたようなところがある。川柳を通して高齢者世代の人間観察を行い、齢をいくら重ねても人は相変わらず反目することを学んできた。
さて30年近く続いている小さな吟社の中で、ある時期にイジメが発生した。毎回10人前後が集まる句会で、女性同士の険悪な関係が露呈したのである。正確に言えば、一人がもう一人に対して、事ある毎に攻撃ならぬ口撃を繰り返していた。見るに耐えない陰湿なやり方で仲間外れにすることもしばしば起きた。
それでも句会そのものは楽しい時間なので、メンバーが集まって何とか保たれていた。イジメている方は、何につけ嫌がらせの言動を相手に繰り返す。当人にはイジメているという認識が毛頭ない。イジメられていた方は、何でそうされるのかもよく分からずに何とか踏ん張って、毎回句会には来てくれていた。
その場面になると、当事者以外の出席者は見て見ぬ振りをしていた。積極的に制止したり仲裁に入ろうとしなかった。空気が濁る度に、いつか収まってもらいたいと願ってはいただろうが、そう思うだけで何もしなかった。とばっちりを恐れていたのかもしれない。
比較的若かった私(当時は60歳前後で一応は最年少)に事態収拾を期待する向きもあったようだったが、そこまで関わる気が起きなかった。まだ仕事が現役で、職場でそういう事例を散々経験しているので、オフタイムにまで厄介な役を担う気力がなかったのである。
イジメられていた当人から私に相談したい旨の手紙も届いたが、スルーしてしまった。当時の私には話しだけでも聴いてやる気持ちの余裕すら持てなかったのである。面倒なことが起きたが、面倒くさいと思っただけだった。振り返ってみれば、実に冷たいあしらい方をしたものである。今でもそのことには忸怩たる思いがある。
そんな時に、イジメられていた方が突然病気(脳血管障害)になってしまった。いじめが原因だったのかどうかは不明ではあるが、いくらか影響していたのではないかとも思った。それでも、病院に入院して快復してからは句会へ復帰してくれた。
それから数年して、今度はイジメた方が何と勤め先で突然死したのだった。これには驚いた。イジメへの天罰みたいな気もしないではなかったが、誰もそのことを口には出さなかった。これで句会が険悪な雰囲気になることはなくなった。その後会員の顔ぶれも変わって、当時のことを知る者は私ぐらいになった。イジメられた方も、その後足腰が弱くなって自然退会という形になった。
以上の顚末は女性の世界のことだが、男同士でもギクシャクした関係になったケースがあった。イジメというより、吟社の代表から頼まれて柳誌編集を手伝っていた男性が、ある時プッツンしてしまったのである。代表からいろいろと仕事を任されながら、あまりにもいいようにあしらわれていることに限界を感じたのである。編集の場には私も含めていつも何人かが集まっていた。一緒に作業をながら、あれこれ任されて大変そうな男性の様子を眺めていて、大丈夫だろうかと私は気になっていた。そして案の定そうなった。その男性はやる気が失せて編集から離れ、ついには吟社を退会した。達吟家だったので惜しい人材を失ったと誰もが思った。しばらくして、ある仲間が何とか復帰するよう説得し、別の吟社で川柳活動を再開した。
趣味を楽しむ姿勢を仲間として共有すれば何とかなることも多いが、だからと言って高齢者を軽く見てはいけない場合もある。意見の食い違い、感情的な対立などに年齢は関係ない。
他方で老いてくると、男女を問わず面倒くさいことにはなるべく関わりたくないという事なかれ主義の考え方も強くなっている。齢を重ねて人間が丸くなり好々爺のようである。そう見えても事なかれ主義が強くなっただけということもある。
Loading...




















































