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番傘誌9月号、課題吟「教える」大堀正明さんの選で後ろの方で取って頂いた。後ろの方で抜いて頂くとコメントが頂ける。

○廃校の庭に今でも師の教え

コメントは、「廃校になった校舎が増えた。今でもありし日の母校に行くと身が引き締まる。」

私の父母は富山の田舎で小学校の教師をしていた。父は一時期五箇山の相倉集落の近くの学校に赴任していたことがある。まだ五箇山に通じるトンネルがなく、庄川を定期船でさか登って行かねばならぬ状態だった。それで通うことが出来ずしばらく単身で赴任していた。退職後、帰省すると父が「あの学校にもう一度行ってみたい」と言うので車で連れて行った。学校は廃校になっていた。その校舎を黙って見続けている父の姿が目に焼き付いている。ちょっと親孝行をしたとの思いがした。人それぞれいろんな思いが母校を見たときに蘇るだろう。そんなことも人生の想い出になっていく。(写真は該当する校舎ではありません)

廃校の庭に今でも師の教え   潤

今日は秋分の日、秋も深まっていきます。我が菜園は枝豆の収穫期です。

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“廃校の...”にコメントをどうぞ

  1. なごみ on 2026年9月23日 at 7:58 AM :

    過日はご著書をご恵贈いただき感謝しております。

    私が卒業した小学校は、亡き父母のお墓参りに行く途中にあり、通る旅昔が蘇ります、空襲で焼失し、門だけがのこった学校で入学式やその後他の学校を間借りした思い出などなど、小学校での思い出ってなぜか哀愁をそそるものがあります。

    ブログも精力的に続けられて素晴らしいですね。楽しみに拝見してます。わたしはフォト川柳を時々Upしてます。見てくださるとうれしいです。ではまた、、、

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