毎週水曜日の午後、太極拳の練習で町の中央公民館へ通っている。自宅から数100mの距離なので大抵は自転車で向かうのだが、1時過ぎにかつて自分も学んだ小学校の脇の道路を通る。
いつも目にするのは、給食を食べ終わった休み時間に全校児童が校庭で賑やかに遊んでいる光景である。今は赤白の帽子を被らせているようである。これは私の小学時代の頃とは違っているが、それ以外は全く同じではないか。
自転車を停めてしばし眺めていると、1年生から6年生までが校庭に目一杯広がって、とにかく元気よく動き回っている。学年毎、クラス毎、仲好し同士にまとまっているのだろう。鉄棒で逆上がりの練習をする子、かくれんぼや鬼ごっこをするグルーブ。食後だというのに疲れを知らない遊び方を続ける。そして何につけ無邪気に声を上げる。子供とはこういう遊び方をするものだった、そして自分も小学生の頃は同じだったということを改めて思い起こす。
昼休みが終わりとなるチャイムを聞くと、全く躊躇うことなく瞬時に遊びを止めて各自の教室へ向かう。この潔さは何なのだろう。この動きの転換は子供だけができる。大人には無理であろう。
賑やかで楽しそうな校庭をずっと眺めていると、変なおじさん、いや怪しいお爺さんと見られかねないので再びペダルを漕ぎだすが、50年以上前の自分と全く変わらない動きをする子供たちに愛おしさを感じた。
公民館での太極拳の練習が終わって駐輪場へ向かうと、下校して一旦家に帰った後、再び集まった小学生たちに出遭う。この駐輪場は隣接して小さな公園があり、小学生の溜まり場になっているのである。子供たちの会話をちょっと耳にすると、妙に大人びているように感じる。どう遊んで過ごすかを話し合っていたり、お小遣いで何を買おうか(おそらく駄菓子)と相談していたりする。
そんな姿を見せてくれると、大人へと少しずつ成長している印象を持ってしまう。私もこんな感じの放課後を過ごしていたことに気づく。屈託のない笑い声が響くと、私の脳裡の奥底に沈殿していた遠い記憶が少し攪拌されたような気がした。先日は「今何時ですか」と可愛い女の子にいきなり訊かれた。もちろん腕時計を見せて丁寧に答えた。
校庭に無邪気なままの風がいる
博史
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渡辺柳山_こころの調べ_ISBN978-4-8237-1444-3.webp)







タイムマシンができたらまず小学生の頃の自分に会いに行きますね。
そして現在の自分の姿を見せて、なにも心配いらないから自信を持って楽しく毎日過ごしなさいというかも。
もっと勉強しろ、というだろうな、きっと。これは間違いない。
与生さん、コメントありがとうございます。
「もっと勉強しろ」には驚きました。自分のお子さんにもそう言ったのですか(笑)。