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 新聞を捲れば、米国・イスラエルのイランへの軍事侵攻を中心にしたトランプ大統領の言動が日々記事になっている。日本の政治経済、国民の暮らしにも直結するトピックなので、私もそれなりにきちんと紙面を読むように心掛けている。半分は隠居の身なので時間的余裕があり、新聞から勉強するぐらいのことは厭わない。晩学の知識だから今更何も世間の役には立たないが、役に立たないからこそ冷ややかに見えてくるものも案外ある。それに自己満足している老後の私である。
 国際政治や外交と言えば尤もらしく聞こえるが、トランプによって搔き回された世界の姿を眺めていると、端的に言えばそれは他国へ喧嘩を売っているとしか思えない。そして大義名分はどうあれ、喧嘩を仕掛けて勝とうとする態度は建国以来のアメリカの宿命みたいなものであることに思いが及ぶ。
 アメリカの250年の歴史を振り返れば、イギリスからの独立後は開拓者精神によって新たな国の建設が進められた。精神分析学者である岸田秀の考え方によれば、その方法は性格神経症的な精神構造に基づいているという。一度犯した罪を正当化するために、強迫的にそれと同じような過ちを何度も繰り返すのが性格神経症の犯罪者である。
 アメリカが建国以来、自国の領土を拡大したり、自由と民主主義を守るという名目で他国へ干渉したりしていることは、国家が性格神経症的になっているからに他ならない。すぐ金儲けに走りたがるビジネスマン出身のトランプは歴代の大統領に比べてその傾向が強く、典型的なその病人(?)なのかもしれない。
 喧嘩にはいろいろな種類がある。夫婦、兄弟、親子間の喧嘩は身内のことである。友人との喧嘩もある。口喧嘩だけでなく暴力的な喧嘩もある。
 Copilotに訊いたら「喧嘩は個人同士の争いをさし、言葉のやり取りや身体的な衝突を伴うことがあります。喧嘩は親しい者同士(家族や友人)や全く知らない者同士の間で発生する場合もあります」と答えてくれたが、この「個人同士」は「国家間」と言い換えれば紛争や戦争となる。アメリカ・イスラエルが一緒になってイランへ戦争を仕掛けたが(今は一応停戦しているようだが)、それはそのままアメリカ・イスラエルがイランと喧嘩(口喧嘩と暴力的な喧嘩の両方)していることでもある。
 この揉め事は喧嘩のような戦争なのか、戦争のような喧嘩なのか。ガソリン価格が急騰した、ナフサが調達できなくなった、こういった経済的に迷惑千万な展開は戦争に付き物の現象である。軍事力を行使することは破壊であるが、それは軍備や人命、構築物だけでなく経済もターゲットになる(当たり前のことだが)。
 世界が振り回されているトランプ大統領の言動を眺めていると、地球を牛耳っている割にはブレた、ブレ過ぎたものが多い。素人目に見てもそれは無理筋ではないかという法螺、朝令暮改ではないかという戯言の濫発である。想定したとおりに上手くいかないと、負け惜しみの台詞もよく吐く。勿論、それなりに筋が通った判断、一貫性のある発言もたくさんあっただろうが、大統領という立場の人間にしては軽量級の器ではないかと思いたくなる。もし大物だったら、もう少し慎重な発言がなされていいはずである
 戦争にはそもそもブレた情報が常に内包されている。戦争は理屈では戦えない。戦略的などという耳ざわりのよい言葉も、結果論の文脈で使われやすいものである。戦略的に計算されたようなものでも、これは酷いという見事な失敗の事例を見せつけてくれる。
 ドラえもんに出てくるジャイアンみたいなトランプは、喧嘩して常に何かを豪語して生きている。喧嘩や豪語を止めれば息絶えるかもしれない。動き回り続けなければ死んでしまう回遊魚みたいな生き方である。
 しかしあまりにも口先だけのことが多いと、周りには次第に信用されなくなってくるのではないか。江戸の古川柳に「逃げ姿(しな)に覚えていろは負けた奴」というのがあるが、王者や覇者としての風格や器量を持っているなら、軽口はあまり叩かない。トランプ大統領は大丈夫なんだろうか? この政治家の言動を臨床心理学・精神病理学的に分析してくれる奇特な専門家はいないのだろうか。

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