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 大学生の頃、NHK教育テレビ(現在のEテレ)の大学講座を自主的に受講していた。テキストも書店で購入して毎晩のようにテレビの前に座っていた。人文社会科学系の歴史、法律、経済、思想史などの他に、生物などの自然科学分野もあり、著名な大学教授が講義を担当する。中身の濃い30分番組だった。その中で、河合隼雄京大教授のユング心理学の講座がおもしろかった。もともと臨床心理学や啓蒙書レベルの精神医学の本を読むのが好きで、フロイトの著作集などは何冊も読み込んでいた。
 さて、スイスの心理学者カール・グスタフ・ユング(1875-1961)は、発達心理学のピアジェとともに有名で、その分析心理学と呼ばれる分野を日本で初めて紹介し広めたのが河合教授だった。講座はユングの無意識の理論を網羅的に紹介したもので、テキストは入門書にもなっていた。
 フロイトやピアジェの理論もすごいと思ったが、人間の心をトータルに考えるユングの理論にも惹かれ、今でも自分の考え方はそれに影響されていると思っている。
 ユングの考え方では、例えば性格の分類で、短気な性格、呑気なタイプ、せっかちな気質などという世間で言われる括り方をある意味では認めていない。一人の人間の心の中には、呑気なところとせっかちなところが同居していて、うまくバランスがとれているのだと解釈する。こういう考え方を進めていくと、人間のいろいろな行動形式が素直に納得できるのである。
 家では内弁慶なのに会社ではペコぺしている。人前では怒りっぽいが小心者のところがある。仕事では真面目な性格と思われていたが実は私生活では別の顔を持っていた。こういった二面性は、その人の心のバランスを維持するためにそうなっているのである。家でも外でもお釈迦様や観音様のような振る舞いをしていたら、あるいは逆に全くもって傍若無人な行動ばかりしていたら、どちらにおいても無理が祟って何かの病気で短命の人生に終ってしまうかもしれない。
 またこの考え方は家族関係のバランスにも当てはまることで、例えば、裕福で幸せそうな家族の中に、例えば社会のルールをはみ出したような子供が一人ぐらいいたり、あるいは貧困家庭の子だくさんの中に優秀な頭脳の子が何故かいたりすることはよく聞く話である。アルコール依存症の亭主を世話女房の妻が支えているという関係もそれなりのバランスがとられていると言えるかもしれない。
 私は学者や専門家ではないのでうまくあるいは正確に説明することはできないが、そのようなことをユング心理学から学んだ。だから、一人の人間から別の人格が現われたりすると大概の人は驚いたりするが、私は、なるほどそうだったのか、それで精神のバランスをとっていたのかと理解するようになっていた。
 さて一昨年に新葉館出版から刊行された「川柳作家ベストセレクション」のシリーズに拙著も加えさせてもらったが、サブタイトルに「裏表あって私が立っている」の句を入れた。他の著者も同じだと思うが、みなさん自信作の一句を入れていると思う。拙句も10年以上前に詠んだ雑詠だがずっと気に入っていたのでこれを選んだ次第である。敢えてこの句についての自句自註はしないが、ユング心理学などを学んだこういう経緯や背景がこの句にはあった。



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